11月28日月曜日

私は里中葵さとなかあおい。あと28日で事故による網膜剥離で目が見えなくなる。今日から、何を見よう…


***


今日は、普段の月曜日。現在時刻13時17分。ただいま起床。寝過ぎた…


今日はカナダに住む従姉妹、間宮遥まみやはるかのお誕生日。病気のことは伝えていない。年に1回ほどしか会わないが、いつも優しく接してくれてとても仲が良かった。


時差で電話などは出来なくても、メッセージで十分やりとりは可能だ。


『遥ちゃん、久しぶり(*⁰▿⁰*)』

『今日はお誕生日だね。おめでとう』

『素敵な1年にしてね!』


これで連絡完了っと。あっ!もう返信が来た。


『あおちゃん久しぶり!元気?』

『おたおめメッセージありがとう♡』

『それと日本に、カナダの友達のお父さんの畑があるんだって。』

『さつま芋畑なの。後でホームページ送るから良ければ行ってみてね⭐︎彡』


お礼のメッセージを送り、さつま芋畑のホームページを開く。


"柏木かしわぎ農場"とあった。


場所も電車で20分ほど。今日行ってみようかな。


農場に電話で確認すると、快く受け入れてくださったのでいざ出発!!


***


いつも乗る電車も景色が違う。今日は風は冷たいが日差しは強く、サングラス必須だった。


1回乗り換えをするが、平日の昼間ともあり空いていた。


柏木農場の最寄駅に着くと、周りには高層ビルが立ち並んでいた。


こんなとこに畑はあるのか?


「確か北口を出て、238沿いを歩く」


ホームページにあったアクセスと共に歩く。方向音痴なのだが歩いていると大きな看板があり、悩むこともなく農場に着いた。


駅から15分ほど歩くと、周りは住宅街に。もう少し進むと森の中に。森を抜けると山を背景に緑たくさんの畑が広がっていた。


「お客さん…?」


農作業中と思われる男性に話しかけられた。


「知人の紹介で、ここにさつま芋畑があると聞いたので…」


「うちの自慢のさつま芋だよ〜。良かったら芋掘りしないか?」


「え!良いんですか?」


「もう芋堀りのシーズンも終盤だからね。お姉ちゃんで終了かな。」


「あっ、おいくらしますか?」


「んなもんタダで良いよ〜。よかったら来年、食べに来てね。」


来年…か。その時には目も見えない、近くにも住んでいない。


ある意味人生最後の芋掘り?は言い過ぎかな。でもちゃんと見ておこう。


「お姉ちゃん!この腕カバーと軍手、長靴履いて。そしたらここ一画の芋収穫して良いよ。」


「本当ですか!ありがとうございます。」


軍手をはめて、腕カバーをした。畑の土で汚れて黒光りしている長靴。ここで写真を1枚。


「スコップで掘り進めながら芋っぽいものをこの麻袋に入れてね。」


「分かりました!」


スコップで少し掘っては茎ごと引っこ抜いて麻袋に入れる。


単純作業だが、土に汚れながら歪な視界で芋を掘るのはとても良い経験だった。


30分ほどひたすらに掘って麻袋も満杯になった。


「お〜お姉ちゃん上出来だよ!芋は好きなだけ持って帰りな!」


時刻はすっかり17時を回っていた。


「父に車で送ってもらうので全部持って帰ります!」


すると、段ボールにさつま芋以外にじゃがいもやにんじん、大根にキャベツまで入れてくれた。


溢れんばかりの大量の野菜は結局段ボール3箱分にまで及んだ。ここで写真を1枚。


「こんなにいただいちゃって良いんですか?」


「良いんだよ。お姉ちゃんと出逢えたのもなんかの縁だ。美味しく食べてくれよ!」


私は人の温かさに触れた。この温かさを失明しても、忘れずにいたい。


***


車の道中にて。


「へ〜遥ちゃんも良い畑知ってるんだね。そんなことがあったのか。」


「うん!この野菜見せたら、お母さんたち驚くかな?」


程なくして家に着き、野菜を運ぶのに手間取った。


母と姉はおびただしい量の野菜にとても驚いていた。


「明日からは緑いっぱいのご飯になるかな〜。」


苦笑いしながら言う母。この顔は忘れたくない。しかと目に焼き付ける。


***


たくさんの野菜に囲まれたダイニングの机で写真をノートに貼り付ける。

色ペンで日付と天気、場所を書いてひとこと感想。


「人の温かさを実感した。夕飯の野菜スープも炒め物もすごい美味しかった。味も懐も日本一。」


書き終わるとどっと疲れを感じる。少し目を目配せながらノートを閉じる。


来年、野菜の鮮やかさを見れるだろうか。遥ちゃんの顔を見れるだろうか。答えはNo。それは明白だ。


それでも今日は少し土の匂いがする手をそばに、ゆっくりと息をして見る。


土の匂い…。この匂いはこれからも感じられる。これからは幾度となく、土の匂いを感じるたびに今日のことを思い出すだろう。


つづく



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