11月27日日曜日

私は里中葵さとなかあおい。あと29日で事故による網膜剥離で目が見えなくなる。今日から、何を見よう…


***


今日は父と『釣り』に行く。


昔、小型舟に乗って釣りに行ったが船酔いしてしまってほとんど記憶がない。


なので今回は座って池で釣るスタイル釣りに行くのだ。

(実を言うと、船の上は揺れるから目が悪いと危ないんだよね…)


なぜかルアーだけ家にあったので、予約を取っていざいざ釣りへ!!


***


車で釣り場まで向かう。


日曜日は混んでると思うので、猫がたくさんいる穴場の釣り場にした。


車は少し渋滞した程度で、釣り場に近づくほど道は空いていく。釣り場より森に向かっている雰囲気。


車を駐車場に停めて、クーラーボックスとルアーのみ持参。本当に大丈夫なのだろうか…


「ごめんくださーい」


暖簾をくぐりながら言ってみる。


人気がなさすぎて、本当に営業しているのか?


奥からかさかさっと音がしたので人がいるのか、と安堵したら


「ニャー」


まさかの猫だ…となるがここで写真を1枚。


猫は恐る恐る私たちに近づくも、頭を私の足にすりすりしてくる。


「茶トラちゃんかー。可愛いなぁ」


「さくら耳だから去勢済みなんだな。メスかオスか分からないけど。」


「この茶トラにゃん、小さいからお姉さんかなー?」


なんともない会話をしながら猫と遊ぶ私たち…しかし、本題は釣りだ。


すると…

「あっどうも。予約の里中さん2名様ですね。大変お待たせしました。」


いた!!店主!!かなりお年を召しているようで。


「こちらに釣竿がございます。餌は1パック100円です。大体1パックで2から4匹釣れます。釣り場は橋を渡って右手にあります。」


「分かりました。ありがとうございます。お代金は…?」


「あぁ!お2人で2400円です。餌はこちらの集金箱にお入れください。」


木箱の集金箱だった。セキュリティとか無いから、盗み放題では?と心配になる。


「説明は以上です。何か質問はありますか?」


「大丈夫です。ありがとうございます。」


代金を渡し、好みの釣り竿を選んで釣り場へ向かう。餌パックは奮発して10パックも買った。


クーラーボックスがパンパンになり、釣り場にいる猫にもあげられる位の魚を釣りたいな。


***


橋はガタガタで歩くとひしめく。


池は琵琶湖の半分とホームページには書いてあったが、全くそんなことはない。半分、いや10分の1にも満たない気がするが…


「とにかく釣りだ!ここは、人もいないから魚取り放題だぞ!!」


「魚がいる気配…ある?」


池は静かで、鳥のさえずりが鳴り響く。マイナスイオンを感じるのにぴったりの場所だ。


ひとまず釣竿の先端に餌をつけて、池の中に入れてみる。


餌は固形のもので、よく見る虫では無かった。


釣竿を水に入れて10分弱経ったが、全く反応なし。


「魚さん…いるのかな?」


「いないなぁ…」


父とも気まずい空気が流れる。


その後15分、30分と待つが魚が全く釣れない。


釣り場にいる猫との方が仲良くなった気がする。


***


結局1時間待ってみたが、全く釣れなかった。


〈初心者の魚の釣り方まとめ〉みたいなサイトを見ては試したが、全く釣れない。そもそもこの池に魚がいない可能性の方が高いような…


「もう帰るか…」


大量に残っている餌のパックはどうするのか。父と話し合った結果、池に全部放り投げることにした。捨てても勿体無いし、ちまちま釣っても進まないし。


「じゃあこの餌パックを全てこのゴミ袋に入れよう。」


じゃらじゃらと餌を集結させていく。


「いくよーせいのっ!」


ドッパーンという音とともに餌は池に放たれた。水面が綺麗に波打つ。ここでも写真を1枚。


さぁ帰ろうか…と帰ろうとすると


底から無数の黒い群れが見える。


水面ギリギリまで顔を近づけると魚が餌を奪い合っている!


「葵!こっちにもいるぞ!」


橋を渡った向こう側にもたくさんいた。なぜ釣り餌には反応しないんだろうか…?


釣竿を戻し、挨拶をして車に戻る。


「一瞬だったなー案外。」


「お父さん、猫と仲良くなってたじゃん。」


お父さんのパーカーにはたくさん猫の毛がついている。


「じゃあ、海鮮丼でも食って帰るか」


「もちのろん!」


近くの港まで車を走らせ、海鮮丼を食べた。


釣りに行った筈が、初めてちゃんとした魚を見た。切り身だけど。


「上手いなぁ海鮮丼。ここで食べちゃうと他の食べれなくなりそうだな。」


「私はお母さんの作る海鮮丼の方がしつこくなくて好きかなぁ」


恐らく、飲んでいる薬の副作用に味覚障害や胃の膨満感があるせいだ。


それでも空いた胃には入った。


「あっ、海鮮丼撮り忘れた。」


「いいじゃないか。猫の写真があれば。」


「あと水面の写真ね!」


帰り道、お父さんとは猫の豆知識を言い合ってあっという間の時間だった。


***


家に着き、家族と顔を合わせる。


母と姉は口を揃えて


「釣りどうだった?写真撮れた?」


そして猫の写真と水面の写真を見せる。


「肝心の魚の写真は?」

「取ったどーみたいな」


事の顛末を話すと、2人とも大爆笑。


一家に団欒の火が灯る。


魚より、この家族との楽しさがよっぽどの収穫だ。


***


静まり返ったリビングで、写真をノートに貼り付ける。

色ペンで日付と天気、場所を書いてひとこと感想。


「肝心の釣りなのに、魚の写真を撮り忘れた。それでも、私にとっては立派な釣りの思い出。また行きたいな。」


微笑みながらノートを閉じる。


『また』行く時は、恐らく目が見えないだろう。でも、良いんだ。猫の鳴き声、鳥のさえずり、ルアーを巻く音、水の跳ねる音。


釣り場という名の自然の宝庫。次行く時は耳で感じて、ルアーなど持たずにくだらない話をする。


これが里中家。これが、私の釣りの思い出。


つづく



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