第42話 血の継承

「まず、無断で人の精神へ干渉するのをやめてもらおう」

 シモンはそう言い、片手を伸ばしてその手を握りしめた。

 すると、白く広がっていた亜空間が圧縮されるかのように歪み始め、シモンが思い切り手を引くのと同時に無数の白い欠片が舞い上がり、景色は元の玉座の間へと戻った。


「折角穏便に済ませようと思っていたものを」

 ハロルドは苦々しく笑いながら呟く。

『埒があかん』

 響いた声はミーデンのものだった。するとベリンダの体が突如として宙へ浮かび、一気にハロルドの傍まで引き寄せられた。


「ベリンダ!」

 アダムの叫びを背後に聞きながらシモンは瞬間移動し、暗黒に取り込まれる寸前でベリンダの前に立ちふさがった。シールドを幾重にも展開して接触を防いではいるが、距離も近く、一刻の油断もならない。


「君の相手はこの私だ」

 横からの斬撃にシモンは咄嗟に飛びのいた。片手でシールドを維持しながら片手でハロルドの攻撃を防ぐのは至難の業だ。カレルにミーデンを焼いて貰うにしても、距離が近すぎる。

 どうにもならない状況の中、剣が弾き飛ばされてしまい、シモンは思わず飛び退った。と、同時に、シールドが澄んだ音を立てて破壊されてしまう。


「!」

 幸い、渡していたシールドが残っていたためベリンダが暗黒に飲まれる事は無かった。が、ミーデンは球状のシールドのままベリンダを暗黒へ取り込んでしまう。



『器さえ手に入ればもう良い』


 ミーデンは冷たく言い放ち、その背後には灼熱の炎に似た輪郭を持つポータルが口を開けていた。別次元へ逃げる気だ。

 これに驚愕したのはハロルドも同様だった。


「私との誓約はどうなる!」

『女の器が一つでもあるのなら、私とベリンダとで子を成せばそれでよい。元々私はそのつもりだったのだ。余計な人の血が混じるより、私のような高位存在と交わる方がよほど効率が良い』

 ミーデンはどこか悦に入ったような声音で、シールドごしにベリンダを暗黒の手で撫でまわす。


『お前には私の半身を預けてある。存分に輝かしい未来の姿を見届けることだ』

 そう笑いながらミーデンはベリンダを抱いたままポータルへと身を沈めていく。



 刹那。重く、鋭い金属音が玉座の間に響いた。



 見れば、アダムが機械剣をポータルの入り口を塞ぐように突き立てていた。

 機械剣には恐らく空間を遮断する魔法が両極にかけられている。相反する時空間を突き立てられ、ポータルは次第に小さくなり、閉じてしまった。


『おのれ……!』

 ミーデンは怒りも露わにアダムを弾き飛ばし、触手を無数の槍衾へ変えて襲い掛かる。


「アダムに手を出すな!」

 ハロルドの放った光線が槍衾を霧散させた。

「私の息子なのだぞ!」

 ハロルドが叫び、訪れた重苦しい沈黙の中ハロルドとミーデンは睨み合う。


『人の進化のために必要なのはベリンダであって、貴様らではない』

「私の血を継がなければ意味がない!輝かしい未来の礎となる、その先頭に立つべきは我らシーモア家の人間であるべきなのだ!」

 

『人間というのは実に。実に愚かしく憐れな生き物だな。いや、生き物という軛自体が愚かなのだ』

 ハロルドを見下ろしながら、ミーデンは冷たく言い放つ。が、

「勝算が無いと見るや、保身に逃げ隠れする貴様の方がよほど愚かで憐れだがな」

 ハロルドは鼻で笑う。

 ミーデンは今やそのエネルギーの半分をハロルドに渡している。今更取り返す事も出来ずに歯噛みしながら忌々しそうに体を震わせている。



 そんな中、突然ガラスの砕けるような音がした。どさくさに紛れてベリンダが腕につけた魔力砲でミーデンの絆しを破壊し、飛び出したところだった。


「あぁ気色悪ィ」

 ベリンダは低い声で吐き捨てるとすぐさまアダムの元へ駆け寄った。

「怪我は」

「大事ない」

 そしてその二人を守るようにリュシーが立ちふさがる。



『ならば来い、物量の違いを、格の違いというものを見せてやろう』

 ミーデンは再びハロルドと同調し、周囲が瞬く間に暗黒へ染まった。それは、以前カレルが消えた時のような亜空間の前触れ。亜空間の構築をできぬものが作り出す、未熟な疑似宇宙空間のそれだった。

 暗黒の中には無数の星が煌めき、不安定な瓦礫の足場が散在している。


 比較的安定した足場へベリンダとアダムとリュシーを残し、シモンとカレルは最奥のミーデンの元へとひた走る。


「何が物量の違いだ。借り物の命を元にして」

 嫌でも力の入る手を抑えながら、シモンは吐き捨てる。

「シモンさん……」

 不安げなWの声に振り向きもせず、シモンは黙って頷く。

「殆ど魔力が残っていない身でどうする気だ」

 決定的な事実をカレルに突き付けられ、シモンは荒い息のまま苦笑いする。


 予想以上に高位魔法を使いすぎた。仮にアダムから剣を借り、エネルギーが失われるまで斬り続けるというのも現実的な解決策とは言えない。魔力無しに生み出せる炎もミーデンに効かない。万事休す――と言ったところだが、この機会を逃すわけにもいかなかった。

「私の魔力は無尽蔵に近いが、さすがに生物なのでな。体力がどこまで持つかは保証できん」

 カレルの声を聞きながら、シモンは意を決したように大きく腹から息を吐いた。


「無策というわけじゃない。だからW、引き続きサポートは頼む」

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