第41話 『神』の顕現

 一人の男が玉座の前に佇んでいた。

 あたかも『神』の降臨を示すかのような眩い光に包まれて。


 やがて白い光は徐々に収まり、詳らかになった男の容貌は、あまりにもアダムによく似ている。しかし服装や髪型の違い、何より冷徹で含みのある笑みが、アダムとは性質を異にするのを雄弁に物語っていた。



「父上……」

 アダムが愕然とした様子で呟く。それはかつて見た父の姿。今のアダムと同じ年頃のハロルドに相違なかった。

 心身ともに全盛であったであろう、その頃の姿でもってハロルドは再誕を果たしたのだ。ミーデンの持つ莫大なエネルギーを元にした精神体として。


「あなたは、そこまでしてこの国を意のままにしようと」

 深い落胆にも似たアダムの声に、ハロルドは僅かに首を横に振った。


「私は支配も破壊もしない。ただ我が国の民が、十年、百年、と年月をかけてより良い人間へと変わり、そして世界を、次元を統べる事を願っている。それを見守りたいのだ」


 ハロルドは、つと視線をベリンダへ向けた。

「かつて私は旧王家の影響を恐れるあまりに大きな過ちを犯してしまった。だが神は私をお見捨てにならなかった。

 ベリンダ、その希少な血をもってすれば、息子と、アダムとの間に子が出来るのだ。この先の国を束ねてゆく希望の子が」


「だが俺の自我は奪われる」

 ベリンダはハロルドを睨みながら絞り出すように言った。しかしハロルドは無表情のまま不思議そうに首を傾げた。


「お前の体は残る。それで十分ではないか。そして自我は、魂は、私と同様精神体となればよい。精神体となったお前は私と同様、神にほど近くなり、この先の世界を、人の行く末を安心して見守る事ができる。それの何が不服なのか」


「相変わらず人の体を物みたいに言いやがる……!俺は人だ!『神』なんぞになるつもりはねえ!」


 ベリンダが叫んだ瞬間、耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。

 空間が閉じ、亜空間が生成される。覚えのある感覚に気付いたシモンは空間の綴じ目をこじ開け、無理やり亜空間へ入り込んだ。

 そこには玉座も何もない、ただ一面、白の空間が広がっている。シモンは辺りを見回すが、カレルとリュシーの姿が無い。分断されてしまった。



「君を呼んだ覚えは無いが」

 ハロルドは苦笑してシモンを見る。

「これは我々家族の問題だ」


「私はミーデンに用があるんで」

 そう言ってシモンは口の端を引き上げた。その瞬間、あの虚無の暗黒がベリンダの足元から湧き出る。すんでのところで躱したベリンダだったが、ミーデンは執拗にベリンダを追う。

 ベリンダを庇おうと瞬間移動したシモンだったが、ミーデンは標的をシモンに変えて四方から襲い掛かってきた。

「逃げろ!」

 ベリンダにそう言ってシールドを張った瞬間、視界が暗黒に包まれる。


「シモンさん、また……!」

 Wの不安げな声が背後から聞こえる。が、今回シールドは何重にも重ねてある。ちょっとやそっとで壊れる事は無いだろう。


「ほう」

 感心した様子のハロルドの声が聞こえた。

「だがミーデンのエネルギーは膨大だ。虚無を焼き切る炎もなし、宇宙の開闢に足るほどのそれに、どこまで耐えられる?」


 急激に体中の血が滾るような感覚を覚え、シモンは怒りに目を見開く。そのエネルギーの元は他でもない、他の次元や、ロタリンギアで犠牲になった人々のものだ。

 忘れもしない脱出の日、ポータルの寸前で漸く手を掴む事の出来た、名も知らぬ民の姿が今でも脳裏に焼き付いて離れない。闇と瘴気に包まれ、あの絶望に染まる表情を。

 力が徐々に失われ、冷えていく体温は、救出の間何度感じただろう。そしてとうとうシモンは最後にその民の男も救う事が出来なかった。そんな悲劇が、何千、何万とあった。


 シモンは嫌でも力の籠る腕を伸ばしてシールドを自ら破壊し、重力波で暗黒を弾き飛ばした。


「そのエネルギーは俺が、俺達が救えなかったすべての人の命だ!!」


 シモンが吼えた。


 虚無の暗黒、ミーデンの塊を重力で床に叩きつけ、シモンは立ち上がる。


「宇宙開闢と言ったな。破壊はしない、支配もしない、ただこの世界を、宇宙や人の形を作り変えてしまおうと言うのか。ロタリンギアの犠牲を踏みにじって!」


 激昂するシモンの様子を見てもハロルドは表情を変えない。どころか、微笑みさえも浮かべた。ミーデンがそうしたように、両の腕を恭しく掲げ、どこか遠い宇宙を見つめている。

「その尊い犠牲で、尊大な魔族も存在しない、全てにおいて等しい宇宙となるのだ。

人は総て善悪を超越し、永遠を手に入れる。それに何の不満がある?

 平和の礎となる事はまさに僥倖、そしてその輝かしい未来を、寿ぐのだ」



 ハロルドに向かって行こうとしたその刹那、再びベリンダの足元から暗黒がわき出した。先ほどの塊は抑えつけたままだが、元はと言えば国を飲み込んだほどの質量を持っているのだ。塊は、一部に過ぎない。

 ベリンダの足が暗黒に絡めとられてしまう。アダムが機械剣で斬り払おうとするが、剣も、殆どの魔法も通じないのはわかりきっている。

 シモンはすぐさまベリンダの元へ瞬間移動した。が、次の瞬間視界に入ったのは、目を疑う光景だった。


 暗黒が、虚無が真っ二つに斬られている。


 斬られた暗黒は驚愕した様子で退いていき、解放されたベリンダは気が抜けたように呟いた。

「効いた」


「一体――」

 やはり唖然とするシモンにベリンダが顔を向ける。

「お前のくれたシールドボールだよ。あれを解析して、アダムの剣に実験的に応用してみた」

「! そうか、空間を遮断すれば」

「そ。確証はなかったんでね。期待してなかったんだけど」

 お前の剣も改造すればよかった、と続けながらベリンダは複雑そうに眉を歪めた。

「いい。俺には魔法がある。それより」


 三人は再びハロルドに目を向けた。ハロルドの表情は一転して、苛立ちに染まっていた。


『やはりお前は招かれざる客だ』


 ミーデンの声とハロルドの声とが同調する。

 ハロルドが片手で払う仕草をしたと同時に、シモンの足元へ光線が這うように発射される。

「避けて!エネルギー波です!」

 Wの声がするより早く、シモンは瞬間移動で光線から逃れる。光線は亜空間の床を焼き、一拍の間をおいて、這った痕へ直線状に魔力の爆発が起きた。

 かつてネツァクが放った魔力波の数倍、いや数十倍のエネルギー量が伺える。


 爆風が収まると、暗黒がまたもベリンダ達へ襲い掛かっているのが見えた。アダムが退けているが、それもどこまで持つかわからない。どうやらミーデンは物量で押す作戦に出たようだ。


「第二波来ます!」

 そうこうしている間にも魔力の光線がシモンを絶え間なく追い立てる。

「こちらにはシールドもある、ベリンダの事は私に任せてくれ!」

「しかし……!」

 爆音の合間からアダムの声が聞こえる。だが渡しているシールドはほんの簡素な物だ。

「俺が改造してある!いいから行け!」


 光線に追われながらも、シモンは着実にハロルドとの距離を詰めていった。機械剣を手にハロルドへ飛び掛かるが、鋭い金属音と共にその攻撃は阻まれる。見れば、ハロルドの手にもまた機械剣が握られていた。


「ウルテリオルの王を殺そうというのかね」

 ハロルドはシモンの攻撃を躱しながら鼻で笑う。


 王とは、人の集団の中で純粋に力の強いものが勝ち取る称号だった。だからこそ、王は心身ともに常に強くあらねばならない。

 ロタリンギアでは父からいつもそう聞かされていた。

 個人の武力が問われなくなったウルテリオルにおいてもまたきっと、そうなのだろう。

 アダムと同様、ハロルドは強い。何合か剣を交わしただけでそれはよくわかった。だが、ハロルドにはもう片方が決定的に欠けている。


「王は死んだ!お前は妄執と虚無が生み出した、ただの亡霊だ!」

 大きく切り結びながら、シモンは刃ごとハロルドを押した。するとハロルドの足元が僅かにぐらつき、すかさずシモンは刃を擦り上げてハロルドの肩から斬りつけた。

 肉を裂く重い感触が伝わり、ハロルドの顔が苦悶に歪む。しかし鮮血は溢れず、傷口は瞬時に塞がってしまった。


「言った筈だ。ミーデンのエネルギーは膨大だ、と」


 シモンは風を切る音に気付いて飛び退く。ハロルドの剣は空を斬ったが、シモンの髪の毛が僅かに削がれていた。

「私を、ミーデンを斃すという事は、君の愛する祖国の民草の魂をも永遠に無に帰す事に等しい。それでも構わんと?」

 皮肉に笑うハロルドを見据えながらシモンは唇を引き結ぶ。

 怒りは力になる。だが翻弄されて我を失ってはならない。


「既に弔った魂だ。お前達に囚われているのを解放するだけのこと」

 シモンは静かに続けた。

「返してもらうぞ。ロタリンギアの、人の、魂を!」

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