第39話 Demon Lord

 王宮は不気味なほど静まり返っていた。

 未だ復旧作業中で夜居るものは警備兵くらいだったため、幸い負傷者も出ていない。

 あまり多く兵を連れても足手まといになると判断したシモンは、グレゴリーに手を回してもらい、万一のための部隊は王宮外へ待機して貰った。

 あの時のように最上階へ向かうエレベーター内もまた、緊迫した空気が流れている。

「リュシーは俺の護衛をするとして、お前一人で大丈夫なわけ」

 そういうベリンダの声は懐疑的だった。

「大丈夫。と、いう事にしておいてくれ」

 シモンは眼鏡を内ポケットに仕舞いながら呟いた。聊か頼りない一言が終わると同時に、エレベーターが静かに停止し、ゆっくりと扉が開いた。


「アダム?!」

 ベリンダの声に目を向けると、なんと機械剣を携えたアダムの姿があった。恐らく、復旧した最上階への裏通路から来たらしい。

「なんでこんなとこに……何かあったら」

「何かあったら困るのはお前の方だ、ベリンダ。――すまない、足手まといにはならんと約束する」

「わかりました」

 シモンは小さく頷いて見せた。以前闇の欠片を相手にしていた記録からしても、アダムの戦闘能力はお飾りなどでない事がわかっている。ベリンダの護衛が増えるのならそれに越した事もない。


 周囲を警戒しながら王の間へ辿り着くと、果たして、玉座の前にはミーデンの姿があった。


 明かり一つ灯らぬ室内に、満月は煌々と輝いていた。

 月の光を背負い、ミーデンは無言でこちらを見下ろしている。

「大人しく体を明け渡す気になった、というわけではなさそうだな」

「たりめーだろうが。誰がやるか」


 ミーデンはフン、と短くため息をついて視線をそらした。

「人とはこれほど自分の肉体に執着するものか」

「その台詞はお前に返す。何故ベリンダの体に執着する」

 シモンの問いに、ミーデンはシモンを一瞥する。

「外見の美しさが欲しいとは、随分人間くさい事を言う」

「それだけが理由ではない」

 ミーデンは再びこちらへ向き直り、ゆっくりと玉座の階段を降り始めた。


「我らの同胞は、その遠大な計画のために人の体を得て人を支配し、より良い世界の再構築を目指してきた。だがそのやり方では意味がないのだと私は悟った。『神』が我々に命じたのは、人と共存し、人を高い次元へと導く事だったのだと、漸く気付いたのだ」

 ミーデンは続けた。

「正当な王の系譜。我々を生み出した真なる『神』の血を引く数少ない人間、それがお前だ、ベリンダ。その器であれば、私とお前は真に完成した人の身となる事が出来る」

 ミーデンは歩を止め、ベリンダを見た。ベリンダは相変わらず怪訝な表情でミーデンを睨み据えている。


「お前は人になりたいのか?」

「そうだ。が、少し違うな」

 シモンに問われ、ミーデンは再び視線を逸らす。そのカメラで出来た瞳は天井を越え、その先にある空を、宇宙を眺めるかのようでもあった。

「完成された私とベリンダの生み出す子らもまた完成された人となるだろう。一切の悪も善も持たない、純粋な魂を持つ存在に。そしてその子らこそが、更なる高次元を、魔界をも統べるものとして相応しい」


「魔界?魔界の支配が貴様の望みか」

「支配ではない、殲滅だ。あの者達が存在する限り、この宇宙に真の安定など訪れぬ。私は人としてこの宇宙の大いなる意思の礎となり、純粋な魂を持つ子らによっていずれ魔界は駆逐されよう」


 夢見るかのような表情のまま、ミーデンは顔を戻しシモンを見る。

「私がミーデンと名乗るのも時の因果。ベリンダがこの機体に名付けた時点から我らの関係は始まっていた。

 技師の女のコンプレックスを刺激し、ドグマを入れさせぬよう仕組み、反乱は成功した。私を退けようとも、ベリンダには今後もずっと疑惑が残り続けるだろう。それでも私を頼ろうとしないとは、その献身的な夫も早急に始末しておくべきだったかね」


 ミーデンはくすくすと笑いながらアダムを見下し、その嘲笑をシモンへ向けた。

 「ただ一つの汚点は、あの機械人形どもが余計な者を招いてしまった事。あの魔族も居ない今、お前は私をどう防ぐ?ロタリンギアの敗北者よ」

 

 刹那。無数の闇の触手がベリンダに向けて襲い掛かった。

 シモンはベリンダの前に立ちふさがり――右手を掲げて暗黒を呼んだ。

「ポータル?!」

 ベリンダが驚愕の声を上げる。

 そう、次元移動の扉、ポータルである。

 触手ごと扉に飲まれるか、と思われた瞬間、ミーデンは一斉に触手を退いた

「かような児戯に引っ掛かるとでも思ったか」

 ミーデンは嘲笑するが、シモンは変わらず広がりゆく虚空の穴を背に叫んだ。



「秘匿された知識の王、慈悲深き王よ!我が声を聞き給え。今こそ御姿を我らの前へ、隠されたすべての知を授け給え」


 言い終わるや否や、虚空から逆巻きに風が吹き上げ、ポータルを塞ぐ形で魔法陣が走った。そして浮かび上がった紋章は黄色い燐光を湛えた「秘匿の門」。その徴が恭しく扉状に開かれたそこには、鮮やかな角で頭を飾る、堂々たる体躯の男が――実に見慣れた姿の魔族が、佇んでいた。



「何故私の召喚の条件がわかった?!」

 男――ついぞ先ほど別れたばかりの筈のカレルは、驚愕のまなざしでシモンを見る。


「アンドロイド達のメモリを見たんでね!あんたは人助けだのの理由一つで召喚されてくれるような魔族じゃない。

 次元の扉を開く、そして語り掛ける。この条件じゃあ、たしかに滅多に呼び出されはしないだろうな!」

 不敵に笑ってシモンはポータルを閉じた。


「バラムから『どうせすぐ呼び返される』と不吉な予言はされていたが……貴様、これも計算づくだったな?!」

「言ったろ、賭けだって」

 悪戯っぽく目くばせして見せるとカレルは渋面を浮かべてシモンを睨む

「遠慮せず見届けて行ってくれ」

「ああもう!」

 調子を崩されて歯噛みするカレルだったが、すぐにその表情はどこか安堵した苦笑いに変わった。

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