第38話 秘匿の知識

 ハロルドの葬儀は恙無く終わった。アダムは戴冠までの間も変わらず軍務を続けているが、ベリンダも揃ってあまり自由がきかなくなった。

 シモンも四六時中ベリンダに張り付いているわけにも行かず、ベリンダが帰宅している間はリュシーに任せていつもの基地に詰めている。

 あれから、不気味なほどミーデンの動きはない。


「なんか新鮮な感じだなあ。その服着てるの」

 夜も更けたいつもの基地のいつものカフェ、そしていつものカウンター席で。ダグラスは物珍しそうにシモンを眺めた。

 軍に移籍したシモンの服装は、いつものピトス社のタクティカルスーツから軍の支給品に変わっている。デザイン性の高かったピトス社の支給品と違い、軍のそれは聊か無骨である。

「統一感が出ただろ」

 そう言ってシモンはやはりいつもの席に着き、隣にかけているカレルを一瞥する。が、カレルの表情は浮かない。


「真面目な話でも?」

「やっぱ動きが無いねって言ってたとこ」

 肩を竦めながらイーディスはシモンにコーヒーを渡す。

「奴にしてみれば今の混乱はまたとない機会の筈だ。どうも解せん」

「こっちの消耗を待っているんじゃないか」

 シモンの言葉に、カレルは賛意を示すように小さくため息をつく。

「かもしれんな。人は時に限りがある。いつまでもこの状態でいられまい」

「大々的に人員も動員できないし」

 そう言ってダグラスも困った様子で明後日の方向へ視線を彷徨わせた。

 いつものように話も弾まず、カフェに沈黙の時が過ぎる。とうに日付も変わってしまったという時間もあり、店内には他に人も居ない。


「ところでカレル、一つ聞きたい事がある」

 シモンはコーヒーを飲み干すと、体ごとカレルに向き直った。


「「秘匿された知識の王」、あの虚無の瘴気を防ぐにはどうしたらいい」


 一拍の間をおいてカレルは短く笑った。と、同時に、シモンとカレルただ二人を残して周囲が一面の漆黒に染まる。

 暗闇には星にも似た光が無数に瞬き、さながら亜空間の前触れのようでもあった。


「いいのか?と言ってももう戻れはしないが」

 カレルが立ち上がると椅子もその存在を消した。シモンもまた無言で立ち上がり、カレルを見る。

「召喚した者であるか否かを問わず、質問した者の最大の謎に答えた時、私は役目を終えて魔界へ還る」

 知っているのかと思ったがな。とカレルは添えた。

「この膠着状態は消耗狙いもあるだろう。だがそれも恐らく、お前の存在が厄介だからだろうと俺は思う」

 シモンは続ける。

「ミーデンは現状、『神』としての支配を望んでいない。その言が確かだからこそ、魔界の者達も現れない。援軍が期待できない上、虚無との戦闘経験もあるお前を還すのは俺も困る。だがそれより賭けに出たい」


「いつかお前が引っ掛かるかと思って帰還の条件を教えなかった。だが、それも不要に思えるほど、興味深いこの状況の行く末を見届けたかったのだが」

 カレルの笑みはどこか寂し気でもあった。

「絆されやすいだけだろ」

「やかましい」


 一瞬真顔に戻り、カレルはまた鼻で笑う。

「次元移動と空間制御の魔導式だ。それさえわかれば瘴気は防げる。なに、空間を遮って虚空へ流してやればいい。所詮瘴気も時空間を越える事はできんからな。それもお前は知っているかと思っていたよ」

「何となくそうだろうと想像はしていたが、確証も無しにあれに挑めるほど自分に自信があるわけでもないんでね」

 シモンはおどけたように首を傾げて見せ、カレルは再び口の端を引き上げた。

「この状況で賭けに出る人間の言う事か」


「私の知る限り、人間があれに勝ったという例は無い」

「だろうな」

「お前が最初の一人になるのだろう。見届けられないのも残念だ」

 カレルの姿が徐々に薄れ始めた。

「ハダドに会ったらよろしく」

 シモンの一言に呆れたように笑った後、カレルはいつもの不敵な表情で見下ろした。


「シモン、私の期待を裏切るな」

 やがてカレルの姿はその角の色と同じ、鮮やかな黄色と緑の燐光となって消えた。



 黒が晴れ、いつものカフェの景色が戻った。

 シモンとカレルの様子を見守ったままだったダグラスとイーディスは、時間の流れが戻ると同時にこの上なく目を丸くした。

「えっ……カレルさんどこ?!」

「消えた?!」

 二人の驚愕の叫びが深夜のカフェに響く。シモンは苦笑いを浮かべながら席に座り直し、二人へ一部始終を語って聞かせた。

 時を同じくして、王宮から青い閃光が放たれた事も知らずに。



+++


 突然のカレルの消失に悲しむ二人を慰め、シモンが一旦部屋へ戻ろうとしたその時。俄かに基地が騒がしくなった。


『王宮、玉座の間よりミーデンと見られる機体を確認――』


 インカムからの通信にシモンはハッと目を見開く。

「シモンさん!」

 同様に悲しんででもいたのだろうか、魔法陣から出てこなかったWが漸く飛び出してきた。

「回線が使えないのでベリンダ様からの通信こちらです!」

 シモンは一旦インカムを切り、Wの映し出した画面を見た。


『聞いたか』

 画面越しのベリンダは落ち着いているようだった。車で移動中のようで、背後に流れていく景色が見える。

「たった今。そっちは」

『闇の欠片の襲来も無い。誘ってやがる』

 シモンは頷いた。

「平気か?」

『今更。どーせ奴とは対峙しなきゃなんねーって』

「ならよかった」

『またな』


「当たったね……」

 隣のダグラスが肩を落とした。

「まさかこんなにすぐ、って」

「奴に時間は関係ないからな。W、あれ持ってきてくれ」

「はい!」

 Wは返事するとシモンの部屋まで飛んでいき、何やら手にしてすぐに戻ってきた。シモンはジャケットを脱ぎ、手渡されたそれを羽織る。


「えっ、それ」

「ピトス社の」

 ダグラスとイーディスの声にシモンはウィンクしてみせた。

「こっちの方が性能がいいんで」

 シモンは再び、いつものジャケット姿になった。本来セキュリティフォース専用の制服だが、特例でノアから貰っていた。

「うわ~~緊張感薄れる~~」

 イーディスは頭を抱えて天を仰ぎ、ダグラスはため息交じりに苦笑いした。

「僕、逆に緊張してきちゃったよ……」

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