第36話 幸福

 カウンズホール支社――現本社に勤務するようになって数日が経った。イオンもシモンも、揃って役員らの警護が主な任務だ。自由な時間もさほどなく、聞き込みや調査などの進展は特にない。本社資材庫の警備ならまだ自由がきいたのだろうが、これまでの功績が仇となった。ノアとは接触できているが、それでも当たり障りのない会話しかない。

 ただ一つ気になる事はあった。ノアの様子が以前と比べてどうも落ち着かない事だ。しかしその理由もわからないまま時間だけが過ぎた。

 そんな中、シモンに急遽出張任務が下りた。


 ロボット兵のラインを再稼働させるため、首都の元本社へノア達が出向く事となった。元本社もそこそこ復旧が進み、アンドロイドによって施されていた改造も全て解除されている。シモンの任務はその護衛だ。

 首都までは車で二時間程度、随伴するチームも既に決まっていたのだが、当日突然シモンが指名された。


「急な事でびっくりしただろ」

 首都に向かうトラックの車中、隣に座るニールがそう言って笑いかけた。

「何でだろうな」

 シモンは答えながら後方を走る車を見やる。役員専用乗用車の後部座席に座るノアの姿が見て取れるが、特に変わった様子も無い。

「ピルズベリーさん最近落ち着かない感じだからな」

「お前もそう思うか」

 何気ないニールの一言に、シモンは視線を向ける。

「誰だってわかるさ」

「何か変わった事は?」

 ニールはかなり昔から社内でのノアの護衛を務めている。何か知っているかと一縷の望みに縋る。が、ニールは首を横に振った。

「俺が見る限り何も。なあロイド」

「ああ。特に変わった事は無かった筈だ」

 話を振られたロイドも首を傾げながら頷く。ロイドは自宅への送迎など、一番近く接している。その彼に心当たりがないとなると、どうしようもない。しかし何か思い出したのか、ロイドは小さく声を上げた。

「グレイセット城へ行ってからか……?」

「国王陛下と面会でも?」

「週一程度でね。それもいつもの事だ。でも三週間前は、謁見の間から戻ってきた時に顔色が悪かった。戻ってきた時に顔色が悪かったり、機嫌が悪かったり。そういう事は稀にある。だからいつもの事だと思ったんだが、考えてみればそれからずっとそわそわしてるな」


 シモンが再び口を開きかけた瞬間、車が止まった。早いもので、もう元本社前に到着していた。ノアが降車するのに従い、社屋内部へと向かう。シモンがふと門を振り返ると、以前ネツァクと戦闘した際に残っていた金属片も全て撤去されていた。社内も以前来た時に比べてこざっぱりとしているが、銃撃の跡形は壁や床に生々しく残っている。

 ロボット兵は一階の奥にある広い工場内にずらりと並べられていた。使い物にならなくなった機体を除いてもまだ十数体が残されている。

 二メートルほどの高さのある無骨な機体が並ぶとさすがに威圧感がある。以前見た時も思ったが、それより数が減ってもなお、どことなく不気味に見えてしまう。


 技師達が設計図を手にノアへ何事か説明するのを横目に、シモンは周囲を素早く見回す。広い工場内には死角になるような場所も無く、不審なものも特に見当たらない。また、ノアも特に自分へ何かする様子も無い。

 急な指名で驚きはしたが、単なる気まぐれだったのだろうか。そんな事を考えるうちに、日もいつしか傾いて、窓から差し込む日が長くオレンジ色に染まっている。話し合いも終わったようで、技師達も機材を片付け始めた。そんな矢先だった。


「危ない!」

 声と同時に銃声が響き、ニールがノアを抱えるようにして倒れ込んだ。ロボット兵の一体がライフルを手に、再びノアへ向き直る。二人は停止しているロボット兵の影になんとか隠れたが、すぐに追いつかれてしまう。想定外の事態だったため、鋼鉄の機体に有効な火器などは誰も装備していない。場内が混乱に陥る中、Wが魔法陣から現れた。

「シモンさん、あれ!」

「ああ」

 誰かがロボット兵を稼働させたわけではない。闇の欠片だ。

 しかし除去しようにも鋼鉄の分厚い装甲に守られており、装甲ごと焼き払うにはノア達との距離が近すぎる。

「W、二人の前に盾を」

「は、はい!」

 Wが盾を展開した瞬間、シモンはその前に躍り出た。ロボット兵の銃撃を片手で展開したシールドで弾き、もう片方の手を掲げてロボット兵へ向けた。するとロボット兵は頭から何かに圧し潰されるかのようにひしゃげ、一気に塊のスクラップと化した。

 シモンは逃げ延びようとする闇の欠片にすかさず火を放ち、スクラップごと焼き尽くす。


「もう反応は無いな」

「はい。……でもシモンさん、今の変な重力場は何ですか」

「わかった?」

「わかりますよ。局所的にあのロボット兵へ物凄い重力が発生したんですもん」

「あれも空間制御の魔導式の応用。オーバーヒートするだろうから説明は省く」

「ええ~~~~~」

 などと小声で言い合いながら振り返ると、ニールが怪訝な表情で盾から顔を覗かせていた。

「噂通りのバ火力……」



「ピルズベリー顧問、立てますか」

 ニールが手を差し伸べ、ノアを何とか立ち上がらせる。ノアは目を見開いたまま、大きく息をついた。影に隠れていた技師達は口々に何事か言い合いながら、半ば溶けたロボット兵のスクラップを遠巻きに見ている。

「技師達の話だと、電源は何も。魔導炉自体まだ入れていなかった筈との事だが」

 技師達を守っていたロイドも不可解な様子でこちらに戻ってきた。


「『神』が……」

 ノアが独り言のように呟き、隊員達の視線が一斉に集まる。

「やはり私を消そうと――あんなものを信じるべきではなかった……!!」



+++



「怪我はかすり傷くらいです。でも落ち着くまで、今日はこちらで休んだ方がいいでしょう」

 暫くぶりの基地にて。ヴァレリアはそう言って微笑んだ。

 あれからセキュリティフォースは隊を二手に分け、一隊は技師達をカウンズホール暫定本社へ送り届け、シモンを含むもう一隊は基地へノアを運び込んだ。闇の欠片が絡む案件だったのもあったが、ノアと二人で話すには基地が丁度良かったからでもあった。


 シモンはヴァレリアと他隊員達へ断り、医務室でノアと二人にして貰った。ノアはもう落ち着きを取り戻していたが、憔悴しきった様子でもあった。

「先ほど仰られた『神』とは、ミーデンの事ですね?」

 シモンが静かに問うと、ノアは息を飲んだ。ノアは何度も頷きながら、やがて大きなため息をついた。

「取引を持ち掛けられたんだ。協力すれば、息子を蘇らせると……だが私はどうしても信じ切れなかった。わざわざダアトの機体を借りている事も胡散臭かったが、会う度に陛下がやつれていくように思えて、いや」

 そこまで言ってノアは頭を抱える。

「幾ら目がくらんだとはいえ、アデン君の体を差し出すなどという取引自体間違っている!」


「ベリンダを?」

「ああ。彼女の疾患の事は知っているだろう。ミーデンの依り代になるのなら、その疾患を無かった事に出来るのだと。私は息子を蘇らせて貰える。アデン君はもうバッシングに悩む事も無くなる。そう思ってマデリン君まで利用した。

 だがおかしいじゃないか。どうしてそこまでしてアデン君に執着する?ダアトの機体を借りなくてはならない『神』とやらの本体とは何なんだ?」

 ノアは顔を上げ、縋るようにシモンを見る。

「ミーデンは『神』ではない、ただの『虚無』です。先ほどあなたを襲ったロボット兵も、神通力で動かしたわけじゃない。闇の欠片という自身の端末で操っていただけの事です」

 シモンがそう言うと、ノアは再びため息をつきながら首を振った。


「君の存在が邪魔なのだと言っていた。だからアデン君を君から引き離したいのだと言われて。……マデリン君のバッグに取り付けた追跡装置に気付いたのも君だろう。あれをつけたのは私だよ。

 三週間前ミーデンに言われて、さすがにおかしいと思いながらも装置を取り付け、マデリン君にはアデン君を遠くへ呼び出すように仕向けた。そして位置を、グレイセット城のミーデンに私が伝えた」

 ノアは言い難そうに言葉を切り、明後日の方へ視線を向けた。

「その時に不信感を見抜かれただろうと思った。ミーデンからの呼び出しもかからなくなったからね。それで、ミーデンが敵視していた君を頼る事にした……虫のいい話だと思うだろうが」

「いえ」

 シモンは短く言って、ノアが顔を上げるまで待った。


「ハロルド陛下はこの事を当然ご存知で」

 ノアは一度だけ頷いた。

「それがアデン君のためだと信じて疑わない様子だった。……今思えばおかしな話だよ。アデン君の体の事はアデン君自身が決める事だ。それを、他人の私も、義理の父親も、揃って決めつけるとは」

 そこまで言ってノアは僅かに震える言葉を飲み込み、息を整えながら言葉を継いだ。

「……息子を蘇らせたいなどと言うのも、単なる私のエゴだ。子ども達の中で一番期待をかけていたからと言って、それは私の都合でしかなかったのに」




 シモンが医務室を出ると、なんとベリンダが待ち構えていた。医務室のドア横の壁に寄りかかり、不機嫌そうな表情で腕を組んでいる。

「盗み聞きしたな」

「俺にも関係ある話じゃん」

 小声でそう言いながら二人はカフェへ向かう。

「余計なお世話なんだよな」

 ベリンダはそっぽ向いてぼやく。

「自分に子どもが居るから、他人にも居た方がいいって思うんだろうけど。そりゃ俺だって」

「アダムさんに気を遣う?」

「かなりね」

 そう言ってベリンダは目を閉じてため息をついた。

「どこまで信じていいのか、たまにわかんなくなる」

「……」

「何か言えよ」

 ベリンダに肘で小突かれつつシモンは肩を竦めて見せる。

「俺からは何とも。それより本人」

「あ」

 見ると、カフェのいつものカウンターの前にはアダムの姿が。

「見せつけられると妬けてしまうな」

「ち、違うって」

 おどけた調子のアダムにベリンダは慌てて弁解する。


「ベリンダせんぱ~い、ご注文どうします?」

 カウンターの向こうからニヤニヤしたイーディスが声をかけた。

「……テイクアウェイで。今日はもう帰る」

「私はここで一服しようと思ったが」

「~~~~~~~~カフェオレ!店内で!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る