第35話 追跡者の影
案の定マデリンには予定があった。ただ、遅くとも夕方までには戻るとイオンから聞き、シモンは久しぶりにマデリンの家を訪れた。
マデリンの状態はそう心配する事も無いようだが、万一の可能性もあってイオンは変わらず同居していた。暫くは基地の話や暫定本社についての話に花が咲いた。しかし話題はすぐにマデリンの件になった。
「辞めると決めるまでは不安定だったけど、今は憑き物が落ちたみたいだ」
ソファに座り直しながらイオンが顔を綻ばせる。イオンとしてもそれなりに心労は多かっただろう。
「マデリンも気にするタイプだからな。温情措置を取られて逆に不安感が増しているみたいに見えたよ」
「だろうな」
シモンが同意するとイオンは驚いた様子で目を丸くする。
「そう思える?」
「勝手な想像に過ぎないが」
シモンはコーヒーを一口啜り、再び口を開く。
「追い詰められると極度に自信を無くすように思えた。これまでの功績に免じて温情をかけられたら、かえってそれが負担になるんじゃないかと。
そうは思えなかったか?」
イオンは頷きながら頬杖をつく
「実の姉弟でもわからない事は多くてさ。と、いうより、近すぎて見えない部分もあるんだろうな。アンドロイドに着せていた服の趣味、ああいう趣味があるってのも、メルセデスが生まれるまで全然知らなかった――」
そこまで言ってイオンは何か思い出したかのように言葉を飲み込み、俯いた。恐らく親との件だろう。
「マデリンが親代わりみたいな所もあったから。甘えきっていて、見ようとしていなかったんだろうな、俺は」
イオンは自嘲気味に零す。フィービーから聞いた以上の事は知らないが、イオンにとってもいい家庭環境とは言い難かったのだろう。
シモンが口を開きかけた瞬間、背後でドアの開く音がした。マデリンだ。
「深刻な話?」
「いや。お帰り」
イオンは曖昧に笑いながら立ち上がり、マデリンの抱えた荷物を受け取ってリビングへ運んだ。シモンも同じく立ち上がり、軽く会釈する。来訪の件はイオンから既にメッセージで伝えられている。
マデリンの表情は今まで見た中で一番明るい。イオンが言ったとおり、まるで憑き物が落ちたかのようだった。
「それで、昨日の事で何が聞きたい?ベリンダの
思わぬ皮肉にシモンは少し驚く。と、マデリンはすぐさま弁解する。
「ごめんなさい。随分ベリンダとの事を聞きたがるのが不思議でね」
「いえ。昨日はたまたま彼女と出くわしたもので」
今度はマデリンが驚く番だった。やはりこちらの動きは何も知らなかったように見える。
「ハイエルウィンで?」
「ええ。ベリンダは目的を何も言いませんでしたが、強引について来られて。会う約束があった件はダグラスから聞きました。あまりの偶然だったもので、気になって」
「でしょうね」
マデリンは未だ不思議そうに首を傾げる。
「何故急にハイエルウィンで落ち合う約束を?」
「故郷で話した方がベリンダも気が落ち着くかと思って」
この口ぶりからすると、マデリンはベリンダの過去を何も知らない。マデリンにしてみれば、不幸な事故が起こったものの、愛する肉親の思い出のある故郷という認識なのだろう。
「メッセージでは謝ったけど、どうしてもちゃんと話したくて。これも私のエゴね」
マデリンは眉根を寄せつつため息をつく。丁度荷物を片付け終わったイオンが戻り、マデリンの隣へ腰かけた。
「退職も私のエゴみたいなもの。折角ノア顧問が左遷に留めてくれたのに。でもすっきりしたかった」
頷いて見せながらシモンはコーヒーカップを口に運ぶ。
我の強さも何となくは感じていた。
このコーヒーはインスタントだ。イオン曰く、マデリンは紅茶党らしく、家のコーヒーはインスタントしかない。なので最初にこの家を訪れた際、全員紅茶だったのは彼女なりの配慮だったのだろう。が、好みを聞くという肝心な事を先にしないあたり、善しと決めたら曲げない性分なのも感じ取れた。
「それでも話したいのならせめてベリンダに配慮して、故郷など落ち着く場所がいいんじゃないかって顧問に言われて」
「ピルズベリー顧問に?」
シモンは訝し気にマデリンを見る。
「ええ。ノア顧問にはずっと――恥ずかしい話だけど、メルセデスを亡くした時からずっと相談に乗って貰っていて。あの人も、お子さんを一人事故で亡くされたとかで」
「お気の毒に」
定型の言葉とはいえ、シモンにはまず悼む事しかできなかった。そういう経緯があるのなら、確かに話もし易かろう。
「故郷がハイエルウィンなのは昔聞いて知っていたから。いい所ね、海も見えて。基地で急なトラブルがあったとかで会えなかったのは残念だったけど。ベリンダの方は大丈夫そう?」
「ええ、帰ってみたら大事ではなかったので」
「よかった。そうそう、おいしいレモンケーキが買えたから、ちょっと待ってて」
突然思い出した様子でマデリンはキッチンへ向かってしまった。
「悪いな。大体何もかも思い付きで」
「ベリンダで慣れてる」
ある意味似たところもあったから仲が良かったのか。などと思っていると、Wが魔法陣から神妙な様子で現れた。
「……電波」
独り言のようにそう言って、Wはシモンに向き直る。
「あの電波です。ちょっと波長が違うんですが、マデリンさんがお帰りになった時からずっと、微細な電波が発生しています」
すわ盗聴器か。わけのわからない風なイオンへ、以前Wに盗聴器が仕掛けられていた件だけ告げた。
「どこから発生しているかわかるか」
「何となくですけど……今はマデリンさんからじゃなくて、イオンさんからします」
「俺?!」
「あっ、じゃなくてお隣!」
思わず腰を浮かせたイオンの隣には、マデリンのハンドバッグが転がっている。イオンはバッグを手に取り、シモンと共に慎重にひっくり返しながら観察する。と、黒いバッグの表面に幾つもはめ込まれたスタッズに紛れて、小さな機械が見つかった。
「それですそれ!」
慌てた様子であたりを八の字に旋回するWを片手で抱え、シモンは注意深く機械を眺める。大きさは以前つけられていた盗聴器より少し大きい。
「何の機械かわかるか」
「いや」
「表面データだけ撮りますね!とにかく壊しちゃいましょう!」
言うや否や、Wは小さな機械をスキャンしてすぐシモンの後ろに隠れた。例の件がすっかりトラウマになっているらしい。ロボットがトラウマを覚えるというのも、随分おかしな話だが。ベリンダはどうも口ぶりとは裏腹に、余計な機能を入れているように思える。
「何?ロボット君もお揃いで」
カットしたケーキを載せた皿を手に、マデリンが戻ってきた。イオンとシモンは一部始終を話し、マデリンにも小型の機械を見せた。マデリンもよくわからないとの事だったが、精密機械用の工具を急いで持ってきた。
「よくわからないけど、こんな小ささなんて悪さする以外無いでしょ。気になる」
初めて見た機械だろうに、マデリンは手際よく解体していく。さすがアンドロイドの専門技師と言ったところか。ほどなく機械は完全に解体され、ビーズ大の透明な球体が現れた。
「追跡装置!」
これ以上ないほどに目を見開き、マデリンは叫ぶ。
「いやだ、誰がこんなもの!」
「バッグを置いて席を外すような事は?」
イオンの問いに、マデリンは未だ動揺したまま考え込む。
「直近だと会社?と、子ども達に会った時くらい」
「会社がくさいな」
「同感」
「でも誰が?どうして私につける必要があるの?ちなみにこれでも気を付けてる方。変な気起こしそうな人なんて心当たり無いからね」
三人は考えあぐねて黙り込む。仮にストーカーが居たとして、ある程度接触はある筈だ。となればマデリンの言うとおり、気を付けていれば気付くだろう。イオンは生唾を飲み下し、シモンを見た。
「明日から探るか」
「しか無いな。だがこの装置は何れにせよ壊す。となると仕掛けた人間は気付くわけだ」
「うわ怖」
イオンは反射的に呟いて顔を顰める。
「こんな装置を知られないうちに取り付けるような人間だ。誰相手でも顔に出さないようにしなきゃな」
「……善処する」
マデリンには当然口外しないよう言い置き、シモンは一先ず家を後にした。マデリンはまだ動揺していたが、イオンが居ればなんとかなるだろう。
「ぼくに引き続きマデリンさんも変なもの付けられるなんて」
新たな我が家へ帰る車中、トラウマの恐怖が去った安堵感からか、Wは若干呆けた様子で呟いた。
「そこなんだよ、引っ掛かるのは」
「?」
「二人ともベリンダに関係してる」
「あっ」
「あの電波、以前マデリンと会った時は無かったよな?」
「そういえば……そうですね。少なくともあの時以降になります」
「だから特にハイエルウィンの一件がどうも妙だ。ノアがわざわざ故郷を勧めたとかいう話にしても」
「じゃあピルズベリー顧問が?」
Wの問いかけに、シモンは頷く。
「の、線が濃いと見ている。だが動機がない。ベリンダとは無関係なストーカーの線も見つつ、バレないように探らなきゃな」
「頑張りましょうねえ」
そう言いながら、Wは助手席のシートにぐったりと倒れ込んだ。
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