第34話 不穏な気がかり
「まったく不覚だった」
包帯の巻かれた腕を擦りつつ、アダムは苦笑いした。
基地の医務室は部外者立ち入り禁止となり、戻ってきたシモンとベリンダ、そしてカレルとリュシー、担当医のヴァレリア、被害者のアダムが在室している。
カレルによると、アダムが丁度基地から出たところで警備兵の一人に銃で撃たれたらしい。すんでの所でアダムは躱し、警備兵は近くに居たリュシーによって即座に取り押さえられた。
「普段から気を付けてはいるのだが、つい気が急いてしまってね」
「ごめん……」
アダムの向かいの椅子に座ったベリンダは俯いたまま絞り出すように呟く。
「お前のせいじゃない。私が焦っただけの事だ」
アダムはやはりベリンダの事が気になったらしく、スケジュールに無理やり空きを作ってハイエルウィンまで行こうとしていたという。
「だが次からは理由くらい言って貰えると嬉しいよ」
アダムは肩を竦め、隅に居るリュシーを見た。
「礼を言うのが遅れてすまない。有難う、君が捕まえてくれて助かった」
「いえ、お怪我をさせて面目ないくらいです」
リュシーは所在無げに目を閉じる。結果的にアダムは軽傷で済み、犯人を取り押さえただけでも十分お手柄なのだが、要人警護という前職の癖なのか心底不満足そうだった。
「元々アダム殿下の身辺には注意しておこうと、カレルと予め示し合わせていたので」
「
と、カレルが言い添えた。
事実、警備兵は闇の欠片に操られており、取り押さえた瞬間正気に戻ったらしい。現在はグレゴリーによって事情聴取されているところだが、抜け出る闇の欠片をリュシーが目撃している事もあって不問になると思われた。
ベリンダ達とWを医務室に残し、シモンは一旦いつものカフェへ向かった。
長官が襲撃されたとあって基地は未だ騒然としており、カフェ内もその話でもちきりだった。
「びっくりしたよね!でも無事でよかった~」
と、イーディスもシモンにコーヒーを渡しつつ驚いた様子だった。
「緘口令がしかれたのに、ここは賑やかだな」
「内部じゃないと話せないから皆ワイワイしてると思う~」
「あっ、シモンさん。お帰り」
不意にかけられた声の主はダグラスだった。偶然通りかかった所のようで、そのままシモンの隣へ座った。
「ベリンダさん大丈夫?」
さすがは付き合いの長い同僚と言ったところか、ベリンダの性格をよく知っている。シモンはコーヒーを口にしつつ頷いた。
「たぶん。今医務室も賑やかしいから気もまぎれるだろう」
「ならよかった。昨日マデリンさんから連絡があったとかで、急に基地を出て行ったから気になってたんだよね」
思わぬ一言にシモンは目を丸くする。
「マデリンから連絡?」
「あれ、シモンさん聞いてないの?ハイエルウィンに居るからって。じゃ、偶々一緒だったの?」
同様に目を白黒させているダグラスが言うには、昨晩マデリンからベリンダへ連絡があり、ハイエルウィンで落ち合う約束だったのだそうだ。確かに何か事情が他にあった風ではあったが、こんな肝心な事を言わないとは。
「俺に言わないのはともかく、アダムさんにも言わないとは……」
ぼやきながらシモンは頭を抱えた。
「なんかわかるー。家族だから逆に言えない事ってあるもん」
イーディスはカウンターで頬杖をつきながら明後日の方を見る。
「それにベリンダさんとマデリンさんと僕は一応ピトス・メカニカで同僚だったしね。僕ならマデリンさんとの事話しやすいんじゃないかなあ」
ダグラスも苦笑いしながら言い添えた。が、ふと何か思い出した様子で眉を歪める。
「マデリンさん、ピトス・メカニカ辞めちゃったんだよね。会社側は左遷処分に留めて庇ってたけど、そうやって庇う会社への世間の風当たりも強くなってたし、責任感じたのかも」
これまた思わぬ情報に、シモンも考え込んでしまう。一応繊細なベリンダだ。マデリンの名誉のためにも、マデリンをあまり知らない人間に詳しく話したくなかったのかもしれない。
「辞めたのは最近?」
「つい一昨日だったかな。だからその事で話があるのかなって」
そうなるとマデリンの動きは何ら不自然ではない。ハイエルウィンを指定したところは気になるが、本当に偶々、自分が行くタイミングに合ったのだろう。
「そういえばシモンさん、明日ピトス・メカニカ暫定本社に戻るんだって聞いたよ」
「えー!もうここ離れちゃうの!さみし~~!」
ダグラスの一言に驚いたイーディスは、ダグラスとシモンとを交互に見る。騒がしい様子に苦笑いしながらシモンは小さく首を傾げてみせた。
「元々俺は軍の人間じゃないからな。でもまたちょくちょく今回の件でお呼びはかかるだろうし、その時にまた戻ってくる」
「先輩風吹かせたいけど、僕カウンズホール支社はあんまり詳しくないんだよねえ」
「あっ、じゃあまたあの高層マンションに戻るの?」
コーヒーを飲み干し、シモンは首を横に振る。
「いや。当初その予定だったんだが、セキュリティの面を考えてベリンダとアダムさんにはあそこに居て貰う事にした。幸い郊外に空いた部屋もあったんでね」
「よかった。今カウンズホールのお家って探すの大変だもんね」
アンドロイドの一件以降、首都機能が移されたカウンズホールの住宅事情は混乱を極めていた。元々第二の都市として人気があり、郊外を含めて空き部屋は殆どない。そこはベリンダとアダムに手をまわして貰い、何とか郊外の古風な住宅の一部屋を借りる事が出来た。最初に居た現代的なあの部屋も居心地は良かったが、やはりシモンにとっては元居た世界の住居に近い家屋の方が安心できた。
「てかシモンさんもう軍に転職しちゃえば?」
「軽く言うなあ」
イーディスの提案にダグラスは仰け反りつつため息をつく。勿論、シモンの本来の任務を知っての事だ。
「俺もそうしたいところだが、そうもいかないので」
「ピトス社お給料いいもんねー」
シモンは苦笑いしつつ、確かに去り難いものは感じていた。何だかんだで軍の知り合いの方が増えてしまった。明日からは一足先に戻っているイオンだけが頼りだ。
それに、ドグマを入れ忘れた件についてはもう確定している。これ以上ピトス社で探る事も無いのだが、引き上げのタイミングで突然辞めてしまうと不自然になるという事もあった。
ただ、カレルとリュシーが居るとはいえベリンダとアダムの身辺の警護が気になる。スチュアートやグレゴリーもその件については同様で、当初の目的が果たされた今、出来るだけ早く軍に引き抜きたいと聞いている。
明日は一日空きがある。イオンに連絡を取って、マデリンに話を聞けるのなら聞いておきたい。
そんな事を考えながら、シモンは名残惜しい喧噪に浸っていた。
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