第33話 別れと再会

「さて」

 シモンの呟きに同調するかのように、全員は一斉に家の方へ向き直った。

 ミーデンが現れた時にした声の主、フィービーは糸杉の切り株の上にちょこんと腰かけていた。周囲はこざっぱりとした芝生があるのみだが、恐らくかつては幾らかの木が植わっていただろう事が推測された。

「それ、まだ残ってたんだな」

 ベリンダは視線で切り株を示す。

「昔は家の周りに糸杉が植わっていて、一人になりたい時に一つだけあった切り株に腰かけてた。それが今は切り株だけ残ってるってか」

「戦闘で特に何かできる事も無いので。ちょうどよかったです」

 フィービーはそう言って立ち上がり、こちらへ歩み寄る。


「よう、俺」

「はじめまして、私」


 ベリンダもフィービーも、双方意味ありげに不敵な笑みをたたえている。

「もうすぐ私が消えてしまったら、私はあなたの記憶になる。あなたは私に何か言いたい事がありますか」

 そう言って見上げるフィービーに、ベリンダは口の端を引き上げた。

「勉強しろ。強制されるお姫様教育は断固無視だ」

 フィービーはくすくす笑い、シモンへ向き直った。

「その言葉に影響されてかどうかはわかりませんが、私はいずれこうなります」

「勉強だけの成果かな」

 シモンは首を傾げつつ笑う。

「俺にとっちゃどっちも手のかかるお姫様みたいなもんだよ」

「なっ――」

 二人とも一斉に抗議の声を上げるが、フィービーはすぐに眉根を寄せながらため息をついた。


「そうですね。大人になっても奔放に単独行動したがるなんて、子どもみたい」

 ベリンダは何か言いたげにフィービーを睨むが、フィービーは続ける。

「アダムさんに連絡はした。でも了解は取ってないですもん」

「だろうな」

 シモンは我慢できなくなり、声をあげて笑ってしまう。一人取り残される形となったベリンダは歯噛みしたままシモンを睨み、Wは何も言えずにおろおろしていた。

「まぁでもその方がお前らしい」



「これくらい自由になれたのならよかったです」

 フィービーはふいと海の方へ視線を向けた。

「私の髪の毛の色、白いでしょう。事故のショックで色素が消えてしまったんです」

「そーね。色素が戻ったのは成人してからだった」

 ベリンダもまた、片手を腰に置きつつ斜めに海を見下ろした。青緑色の海面は晴れの日に見たらさぞ美しかっただろう。ペンブレフ地方は曇りがちで、今日ももれなく曇天だ。浮かない状況を反映するかのように、海は鈍く波打っている。


「この年齢の間に色んな所を転々としました。記憶の残滓は丁度、十二歳の時の記憶」

「首都の図書館に居たのは?」

「あれは偶々ヴァレリアさんに連れて行って貰った時のものですね。家にまつわる建物だったので、記憶が残ったんだと思います。素敵な記憶と嫌な記憶。デールモアとここは、嫌な記憶でしたね」


「実家は楽しくなかった?」

 何気なくフィービーに問うと、フィービーは口をへの字に曲げた。しまった、嫌な記憶は家云々ではなく紛れもなく事件だ。フィービー自体はショックもまだ新しい中、迂闊な事を聞いてしまった。

「まーどっこいどっこいってとこ」

 シモンが撤回するより早く、ベリンダが口を開いた。

「まぁよくある普通の家だったけど、封建的すぎて俺には合わなかった」

「封建的?」

「リベラルがゆえに玉座を追われた。その反動からか、かなり古臭い価値観になっちまっててね。さっき言った通り、俺は女らしい、どこかいいとこへ嫁に行く修行みたいな事ばかりさせられてた。弟が生まれてからは、まるで侍女みたいな扱いだった」

「そうか……」

「弟もそれなりに可愛かったけどね。失われてから、今に至るまでも、懐かしくないっつったら嘘になる。嫌な記憶の大半はやっぱ事故――いや事件だな」


「証拠はあるのか」

 ベリンダは首を横に振る。

「小せえ頃のアダムの記憶くらいしかねえ」

 押し黙ったままのフィービーを一瞥し、ベリンダは続けた。

「年に一度の旅行の日だった。偶々その日に俺は体調を崩して、祖母と一緒に家へ残った。で、出かけた両親と弟は立ち寄った馴染みの喫茶店で睡眠導入剤を盛られ、あの崖から海へ。

 引き上げられた後体内から薬が検出されたが、その事実はもみ消されて事故扱いになった」


 その言葉にフィービーは目を見開き、ベリンダを見上げた。

「当時茶を出したのは半年前から入ったバイトだったんだが、事故の後すぐ失踪して行方不明になった。が、アダムの話だと、現王家に長らく仕えていた男にそっくりだったんだと。高飛びしたか消されたか。定かじゃねえが、前夜に当時皇太子だったハロルドと会っていたのは確かだそうだ」


「もしかして、そのためにアダムさんへ」

 フィービーはどこか不安げに眉を歪めるが、ベリンダは一笑に付した。

「近づいたかって?いーや、アダムと出会ったのは全くの偶然。お前はわかってるだろうけど、俺も一応現王家が臭いとみて復讐は考えててね。いつか玉座を奪い返してやろうとずっと思ってた。けどまあ、なんだかんだあって付き合うようになって、その流れで聞いただけ」

「なんだかんだ、って何ですか」

「聞かねえ方がこの先楽しい。お前だってそれで何も見てないんだろ?」

「む……」

 フィービーは眉根を寄せつつそっぽ向く。

「直近のあなたに関わる未来以外見ていない理由はそれだけじゃないです」

「人生の解答は知りたくねえもんな」

 苦笑いするベリンダにフィービーは一度だけ頷いてみせた。



「絶対ミーデンを倒してくださいね。私の名誉のためにも。あんな得体のしれない『虚無』みたいな何かが私の姿をしているなんて、我慢なりません」

 フィービーはきっとした表情でシモンとベリンダを交互に見つめた。

「ああ、約束する」

 シモンが頷くと、フィービーの姿が白く欠け始めた。

「私はこれで元の時間帯に戻ります。私にとっては長い時間になりますけど、シモンさんにとって再会はすぐですね」

 微笑むフィービーを見送ろうとしたが、ふと何かに気付いたシモンは再び口を開いた。

「何か言いたい事があったんじゃないのか」

 白い光に包まれながら、フィービーはまたも口をへの字に曲げたままぐるっと視線を巡らせる。そうして、照れくさそうに笑った。



「私が初めて好きになった人、シモンさんでしたよ」



 光が消えてしまうと同時に、フィービーの姿も虚空に消えた。




「ご感想は」

「うーーるせえ~~~~~~~!!」

 ベリンダは顔を真っ赤にして首を横に振った。


「あーやだやだこれだから記憶が集合するのヤだったんだよ!!お前のせいだぞ!お前が召喚されてわざわざ保護を申し出たのも、戦えるって直感的に思った事も……。ハァ~~~~~~やってらんね~~~~~~!」

「因果ってこういう事なんですねえ」

「余計な事学習すんじゃねえ!」

 感心した様子のWにベリンダは八つ当たりする。


 何とも和やかな光景に思わず笑っていると、唐突にインカムから通信が入った。ベリンダはここにいる。基地に何かあったとは思えないのだが――

『シモン、今ベリンダと共にいるな?』

 声はなんとカレルだった。ベリンダと共にいるのを知っている事にも驚いたが、次いだ言葉に更に驚かされた。

『アダムが襲われた。大した怪我ではないが、来られるならすぐ基地に戻れ』

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