第32話 ミーデン
ペンブレフ地方・ハイエルウィン。南西にあるペンブレフ地方は、地方と言うよりこの連合王国を成す一国と言った方が正しい。ウルテリオルの言葉のほかに独自の言語もある、一風変わった土地だ。
湿地帯を越えた先にある半島の港町、そこがベリンダの生まれた街、ハイエルウィンだった。
飛行機で一時間、更にリニアで一時間。と、行きたいところだったのだが。
「アダムさんから何言われても知らないからな」
レンタカーを運転しつつ、シモンは独り言のようにぼやく。
「残念ながら連絡済みですぅーー」
ベリンダは窓の外を眺めたまま口を尖らせた。
最初から同行していたわけではなく、飛行機を降りたところで強引に合流されてしまった。もとい、ベリンダは同じ便に搭乗し、こちらの後をつけていたわけだったのだが。
さすがに地方のリニアにベリンダを乗せるわけにはいかない。という事でシモンはWのナビに従って慣れない道を走行していた。
「こういう事だったんですねえ」
Wは珍しく乾いた口調で言い、シモンを見上げた。が、
「こういう事って何だよ」
すかさずベリンダに捕まえられる。
「何でもないです」
「何でもなくねえ」
「にゃ~~~~~~~~~」
ベリンダはWの口を両端から指で広げ、Wは手をばたばた動かした。
盗聴器を破壊した今、最後の記憶の残滓のある場所はミーデンも知らない筈だ。だからこそ予告されていたミーデンの出現は不可解だった。しかしミーデンが追っているベリンダが同行するとなれば納得が行った。
「やだねー、何もかも予言の通りって」
「それはこっちの台詞だ。なんで来る気になった」
「ほんとに残滓とやらがあるかどうか気になって?」
ベリンダはそう言ってそっぽ向く。どうもそれだけでは無さそうだが、今追求したところで何も言わないだろう事も予測できた。
「けどよくわかんねぇんだよな」
ベリンダはそっぽ向いたまま怪訝な表情を浮かべる。
「俺を狙っているのは確かだとして、何でカウンズホールの家でわざわざ端末に襲わせたんだろ。ミーデン本体が来てたら――まァこっちにとっちゃ好都合だったが、あっちにとっちゃその方が手っ取り早くね?」
「そうだな」
シモンは生返事めいた言葉を返すが、そうとしか言いようがなかった。ミーデンの戦闘能力がどれほどのものかは知らないが、少なくとも国を滅ぼしうる力を持っているのは実体験として知っている。更には魔界の軍勢をもってして倒すほどの存在だ。自分はこうして力を蓄えたが、本当に太刀打ちできるのかはまだよくわからない。
そんなミーデンがさっさと手を下さず、回りくどい事ばかりしているように思えるのは事実不明だった。
やがて車はハイエルウィンの町に入り、繁華街を抜けていく。再び田園風景が広がったところで、丘の中ほどに目的の家が見えた。家――ベリンダの生家は、集落から少し離れてぽつんと海を見下ろしていた。
「あんま来たくなかったんだけどな」
車から降りて伸びをしながら、ベリンダはぼやく。
家はごく普通の一軒家で、人の気配こそしないが、雑草や蔦に覆われる事もなく綺麗な状態だった。曰く、定期的に業者に頼んで簡単なメンテナンスはしていたらしい。
やはり思い入れはあるのだろう。それでもベリンダは、三十二年間この家を訪れる事が無かった。
「後ろ!」
突然の声に振り返ると、何度となく映像で見た、ミーデンの姿がそこにあった。
振り返ると同時にシールドを張ったのは正解だった。ミーデンの機体から闇の欠片同様の触手が無数に伸び、こちらに襲い掛かってきた。さすが本体だけあって闇の欠片より物量が多く、すぐに視界が遮られてゆく。
シモンはベリンダを庇いつつ、シールドを細切れに展開する。だがこのままでは埒があかない。シモンはシールドを球状に張り巡らせ、炎の壁をその周囲に一気に走らせた。
すると漸く触手の攻勢が収まり、煙の向こうに無表情で佇むミーデンの姿が見てとれた。
容貌こそフィービーと瓜二つだが、その瞳は他のアンドロイド同様のカメラアイで、服装はクラシカルな青いドレスだ。ベリンダによると、服はマデリンが着せたものらしい。
「漸く会えたな。出来損ないの妃よ」
フィービーと似た声は尊大に告げた。ベリンダは黙ってミーデンを睨んでいるが、心中穏やかでない事は察せられた。
「私はお前と争いたいわけではない」
「なら言葉遣いには気をつけろ」
ベリンダは頬を引きつらせつつ吐き捨てる。
「事実を言っているだけだ。お前には生物としての欠陥がある。だが私ならそれを修復できる」
怒り心頭に発する寸前だったが、その一言にベリンダはたじろいだ。
「お前がその体を明け渡しさえすれば問題は消える。悪い話ではないと思うが」
「聞くな。でまかせだ」
なおも揺らいでいるベリンダへシモンは声をかける。これまでベリンダが味わってきた苦悩は知る術もないが、マデリン宅で見せた反応から察するに余りある。
ベリンダは大きくため息をつくと再び口を開いた。
「悪い話でしかねーだろうが。まずお前は何で俺に目を付けた?何が目的だ」
「知る必要のない事だ」
「ないわけねーだろクソが!」
叫ぶと同時に、ベリンダの右腕が機械に覆われた。そして瞬く間もなく手の平から魔導エネルギーの一条の光が発射される。直撃するかと思われたが、ミーデンはそれを躱し、僅かにドレスを焼いただけに留まった。残った光は遠くの崖にあたり、岩肌ががらがらと崩れて土煙が上がる。
「児戯に過ぎんな」
ミーデンは相変わらず無表情で、焼け焦げたドレスを払う。ベリンダは舌打ちしながら再び手の平をミーデンに向ける。
「私は何も人類を滅ぼそうなどと考えているわけではない。共存したいのだ。だからこそ力づくではなく、お前の同意を求めている」
「ハァ?!」
「また日を改めよう」
「あっ、てめ……!」
言うが早いか、ミーデンは次元の渦の中に消えた。
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