人類の境界 -Mankind Boundaries-
第31話 人の内心
さて困ったのがハロルドへの報告だ。アダムから直接聞いてはいないとはいえ、ベリンダの推測のとおりであれば、アダムに聞いた所で何も語らないだろうと思われた。
ずっと引っ掛かっていた事もあり、シモンは最高級の茶葉で淹れた紅茶をダシにカレルを自室へ呼んだ。
「ロボット兵の解体に忙しいのだがな」
部屋に入るなりカレルは不満げに腰に手を当てる。
「セキュリティフォースも近々本業に戻る。この基地にも中々来られなくなるから。先に聴いておきたい事があってね」
カレルは椅子にかけ、シモンはいつものベッドの端に座る。この狭い部屋には生憎椅子が一つしか無い。
Wも魔法陣から出てきてはいるが、魔法陣の上にちょこんと座って二人の様子を見守っている。
「盗聴器とやらがしかけられていたらしいが、もういいのか」
カレルは不審げな視線をWに投げる。
「もう大丈夫です!ベリンダ様にも改めて見て頂きましたが、あれ以外に勝手に弄られたものはありませんでした」
「ならいいが」
言いつつカレルは良い香りを漂わせる紅茶のカップを口に運ぶ。紅茶を一口飲むと、またすぐに口を開いた。
「聞かれたくないような話だろう」
「仰る通りで」
仰々しく言いながらシモンは上体を前に傾け、自身の膝に肘をつく。
「秘匿された知識の王。秘匿された情報なら何でも知っているんだよな?」
「勿体ぶるな。何が聞きたい」
「ベリンダの両親と兄弟を暗殺したのは、王か?」
一瞬の沈黙が訪れ、カレルは眉根を寄せつつ苦笑いする。
「何を聞くかと思えば……。そうだ、命を下しただけで間接的にだがな」
「一体何のために?旧王家がそれほどまでに恐ろしかったのか?」
「単純だ。現王家が簒奪を果たしたのは社会情勢が味方したからだ。人が人である権利を求める動きへのバックラッシュと、それによって生まれた極右。それが現王家を後押しした。
だが更に時間が経てばいずれ過激な思想は修復される。32年前は丁度、リベラルだった旧王家への懐古が盛んになってきた頃だった。
己の地位が揺らぐとでも考えたのだろう」
カレルはまるで、見てきたように語る。事実、それが真相なのだろうが。
「そんな事で暗殺を?」
「アダムからも聞いているのだろうが、ハロルドは中々狡猾な男だよ。徹底した利己主義、何より臆病だ。お前はミーデンに懐柔されていると見ているようだが、案外ハロルド自身がミーデンを頼っているのではないかね」
「ではまさか……ミーデンを召喚したのも」
シモンが訝し気に問う。が、カレルは首を横に振った。
「『虚無』を呼ぶには儀式が必要だ。それが行われた形跡はない。ミーデン自身がやってきた事には変わりなかろう。
そしてどこで接触したのかは知らんが、利害が一致したため協力しあっている。と、見た方がよいのでは」
シモンは長く息を吐き出しながら頭を抱える。はじめから聞いておけばよかった。ハロルドの人となりを。アダムなど身内の意見はどうしてもバイアスがかかると信じ切れなかったのもあったが、カレルに聞けば正解がさっさと得られたというのに。何の罪もない人間達を暗殺したような人間を、信じる事など到底できない。
「おおかたその盗聴器とやらをつける提案をしたのはハロルドだろう。『虚無』がいくら機械の体に移ったとはいえ、そこまでこの世界に順応できるわけでもない」
カレルの淡々とした言葉をどこか遠くに聞きながら、シモンはうめくように声を絞り出す。
「だとすると、やはりこの一連の動きの影には人が、ハロルドが介在していたというわけか……。
しかし何故だ?何を望んで協力している?」
「そこまでは私にもわからんよ」
「隠されているものじゃないのか」
「秘されているというより、未成熟なまま頭の中にだけ存在している。言わば人間の内心、そういった事柄まではわからん」
シモンは無言のままインカムを手で弄ぶ。報告ついでにミーデンからひき剥がそうと目論んでいたが、それは叶わなさそうだ。
「ヘルマオン計画を中止したいというのも、中止したとしてもミーデンの力があれば幾らでも次元を渡れるからなんだろうな」
「ヘルマオン?」
鸚鵡返しのカレルの問いに、シモンは声を潜めながら大まかに説明した。自分が呼ばれた実験も、その一環であった事を。
「道しるべ、あるいは希望と願いを込める柱だな。たとえお題目だとしたとして、そんな名前を冠する計画が、侵略に結び付くと考えるのは飛躍が過ぎるかもしれん。
ともあれ、国王は黒と見ていいだろう。さてお前は?引き上げ準備か?」
カレルは立ち上がりつつ、同様に立ち上がるシモンを見やる。
「私物も殆ど無いんでね。今日も有給とったんで、さっそくペンブレフまで行ってくる。ベリンダの記憶が残る最後の町だ」
「それさえ終わってしまえば、後はベリンダを死守するのみだな」
「簡単にそうさせてくれればありがたいところだが」
言いつつ、シモンは諦め顔で項垂れた。
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