第30話 解析

 一度基地に戻り、十分に休んでからベリンダの元へ向かおうと思っていた。しかし翌朝の事。


「何そのジト目」

「別に」

 基地内にあるベリンダの研究室にて。表情を変えずに言うシモンを見ながら、向かいのソファに座ったベリンダは口を尖らせる。

 こみ入った話だからと、シモン、ベリンダ、ダグラス、カレルの四人でこの研究室に集まっていた。


「お前に貰った簡易シールドはあるし、ここに来なきゃできない仕事もあんの。それとも何?俺に籠の鳥になれってーの」

「わかったよ」

 シモンはため息交じりに降参、と手を挙げて見せる。まだ何か言いたげなベリンダをよそに、シモンはカフェオレの入ったカップを口に運んだ。


 フィービーが予告したとおり、ケテルのメモリからダアト――ミーデンの姿が確認された。遠目からではわからないが、やはり近くに寄ると機械的な継ぎ目が見て取れる。それ以外は、フィービーと寸分違わぬ姿だった。

 同じ容貌で高圧的な話し方をしているのを見るに、妙な気持ちになってくる。イオンが自分の似姿を気味悪がっていた件について、シモンも何とはなしに理解できる気がした。


 ポータルを「奪取」したと言ってケテル達に受け渡し、アダムとベリンダに関するデマを吹き込んでいたのもミーデンだった。また、やはり空間移動が出来るようで、突如姿を消すなどの行動も見受けられた。

「これで確定したな」

「念には念を」

 ベリンダは温かいカフェオレをすすりながら明後日の方を見る。

「薄々こうだろうとは思ってたけど、推測だけじゃなんともね」


 次いで、ココアを飲み干したダグラスが横からシモンを見た。

「僕の方は大した内容じゃなかったね」

「どうかな」

 丁度その記録をチェックしている最中で、シモンは早送りしながら確認を続ける。時々ミーデンの姿が確認できる程度で、会話などはない。ロボット兵に発話機能が組み込まれていないから当然と言えば当然なのだが。


「ん?」

 ミーデンの口が僅かに動いた。シモンは巻き戻し、その箇所を再生する。



『全く、人形も余計な事をしたものだ』



 グレイセットで遭遇した『闇の欠片』が言っていた言葉と一部同じだ。あの時はあまり深く考えなかったが、こうして二度も聞くとなると余程腹に据えかねる事があったのだろう。


「私の事ではないかな」

 と、呟いたのはベリンダの隣に座るカレルだった。

「そうか、運悪く自分の正体を知る存在が来てしまったと」

 シモンの声にカレルは頷く。しかしふとした疑問にシモンは続けた。


「『神』を騙る連中が確認でき次第、魔族は動くんじゃないのか」

 カレルは首を横に振る。

「私にもわからん。魔界の尖兵すら存在を確認できん以上、何か事情があるとは思う」

「事情?」

「『神』を騙ってはいない、もしくは支配を目論んでいない可能性だ」

 そう言ってカレルは肩を竦めてみせた。

「こればかりは『本人』に確認でもせん限りわからんよ。それともハダドへの確認のために魔界へ送り返してくれる気になったか?」

「それは無し」

 ばっさり言うシモンに、カレルは恨めしそうな視線を向けた。



 その後、確認を終えてダグラスとカレルを見送り、シモンは再び研究室へ戻った。


「ところで、ヘルマオン計画を中止する予定はないのか」

「なんだ藪から棒に」

「あわわ」


 戻ってきたと思ったら。と言いたげにベリンダは小さく舌打ちする。どうやらそこそこご機嫌斜めのようで、心配したWが魔法陣から姿を現した。


「俺を戻したらもうやる事ないんじゃないのか」

 シモンはベリンダを目で追うが、ベリンダは椅子に座ってもなお無言だった。


「現状この世界は暫く滅びそうもない。次元を越えてもあまり益は無いのでは」

「保険よ保険。起案された時も“もしものため”がベースだった」

「だが概要を知ったお前ならわかるんじゃないのか。倫理的にどうなのか」

「それをお前が言うかよ」

 ベリンダはジロリとシモンを見る。が、すぐに頬杖をついて小さくため息をつく。


「お役所仕事ってそう簡単に終わらんもんなの。予算も下りちゃってるし。仮に長官のアダムが鶴の一声出したところで終わるとも限らねえ。これは王命でもそう」

 思わぬ言葉が出た。シモンは再びソファに腰かけながら慎重に言葉を選ぶ。

「終わるとも限らなくても、中止を宣言する事はできる?」

「……だからさぁ。ああもう、そうだよ。だけど前も言った通り、“慎重に進めよう”って考えは俺もアダムも一緒だ。だから中止しない方がいーのよ」

「え?」


「空間制御や次元移動の魔導式を、仮に俺が墓場まで持って行ったとして、また次の時代の誰かが発見する事もあるわけ。だろ?」

「そうだな」

「だから前も言った通りゆっくり発見した事にして、基準や規制を作る。そうすれば無暗とこの魔導式を使う事も出来なくなる。それが出来るのは、アダムが長官で俺が軍に居るから。だから中止はしない」


 なるほど。とは思うが、王命の件がやはり気になる。

「ではもし仮に王から中止命令が下ったらどうする?」

「んー……。たぶんアダムは無視すんだろうな」

「無視?」

「聞かなかった事にすんの」

「返事や議論はしないのか?確執の件か?」

「いーや。“聞かなかった”事にした方が賢明だね。王命はかなり強い効力があるんで、“聞いた”事になっちまったら、たぶんほぼほぼ中止させられると思う」

「面倒な制度だな」

「ほんとにね」


 そう言ってベリンダはすっかり冷めてしまったカフェオレの残りを飲み干した。

「魔導式が解けた時は嬉しかったけど、なんつーか……。魔族を名乗るじいさんは現れるし、色々とそら恐ろしくなった、って感情の方が大きい」

「やはりハダドが現れていたのか」

 ベリンダは首を傾げながら頷いて見せる。

「ハダド?ってか『嵐の王』って言ってたけどな。まあとにかく、早くこの件を全部終わらせて肩の荷を下ろしてえ」

 そう言ってベリンダはぐったりと椅子に背をもたせた。が、ふと何かに気付いた様子で勢いよく身を起こす。


「そういや次で終わるんだよな、子どもの頃の俺と会うの」

「らしいな」


 ベリンダは視線だけを巡らせ、両手の指を合わせた。どことなく落ち着かないような様子だ。

「なんかねー。俺嫌な予感がすんのよ」

「フィービーから結末は聞いたが」

「ちげーよ。……精神体の俺は因果律の中にいるわけで、過去、現在、未来全てと繋がってるわけだろ。あっちは知ってる事をこっちは知らねー。けどあっちが消えたら?」

 そこまで聞いてシモンは漸く察しがついた。が、言う前にベリンダが発言を遮る。


「言わなくていい。もーね、その時までのお楽しみにしとく」

 苦虫を噛み潰したような表情のベリンダを見つめながら、シモンは小さくふきだした。

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