第28話 因果の魔導式

「お前はあまり魔族を恐れないのだな」

 ふとしたカレルの疑問に、シモンは顔を上げた。Wから運んで貰った朝食の目玉焼きを咀嚼しつつ、飲み込んで一拍の間をおいた後シモンは口を開く。

「『魔』とは言うが、それは人間から見た印象の話で、神の被造物には違い無いだろう」

 カレルには目もくれないまま、シモンは目玉焼きを平らげながら続けた。


「古代語に『hagios』という言葉がある。意味は『聖なる』だが『忌むべき』という意味もある。人知を超えた超常の何かを、時に神聖と崇め、時に悪魔と畏れる。そんなもんなんだろう」

 シモンがトーストに手を伸ばしつつ一瞥すると、カレルは感心したような表情を浮かべていた。

「俺は神を信じているが、概念としてしか見ていないもんでね。となれば生物に善も悪も無く、他者から見た評価にすぎないんじゃないかと」


 カレルはテーブルに肘をつき、頬杖をついてシモンを品定めでもするかのように見下ろした。

「お前の言うとおり、我々は人間によって『天使』『悪魔』、そして時として『神』とすら呼ばれただけの、人間と同じ被造物に過ぎない。魔族を自称するのは、魔導式に一番近い存在だからだな」

「だろうな。この空間制御の魔導式も、確立させてくれたのは魔族だった」

「――!」

 そこまで言うとカレルは驚いた様子で、紅茶のカップを口に運ぶ手を止めた。


「慈しみの嵐の王か」

「そうも言っていた。ハダドと名乗る、物静かな老人だった」

「と、いう事はお前は例の因果律とやらを解き明かしたのか」

「事象の地平線の存在に辿り着いただけだった。だがそれが、ハダド召喚の鍵だったらしい。それから、抜けのある項目について補強して貰いつつ、魔導式を確立した」


「次元を移動できる力があると聞いた時から気にはなっていたが。やはりな」

 独り言のように呟くカレルを見やり、シモンは眉根を寄せる。

「こっちとしてはお前が使えない事が疑問だ。魔族間で共有はされないのか」

「我々には役割と能力が厳格に定められている。人知を超えた力を持つが、それ以上を学習する事はない。私はあらゆる秘匿された知識を知るが、ハダドはそうではない。逆に、ハダドの知る真理を、私が知る事もない」

「めんどくさい縛りだな」

「縛りではない。そういう生き方なのだよ」

 一種の美学でもあるのだろうか。カレルは得意げに言いつつ再び紅茶のカップを持ち上げる。

「『神』を騙る存在が現れた時、ハダドの力によって該当の次元へ移動し、殲滅ののち帰還する。『天使』と呼ばれている同族連中とも共闘するのはその時限りの特例だ」


 紅茶を飲み干すと、カレルは真顔でシモンに向き直った。

「お前のその魔導式は、神の真理に近いものだ。もしいつかお前が『神』を名乗るようになったら、その時は――」

「無い。俺はその神様気どりを倒すためだけに辿り着いたんだ。それ以上に使う気も無い」

「で、ある事を願う」


「それで。『虚無』自体は次元を渡るが、空間制御の最奥までは知らないな?」

「ああ。『虚無』は生まれながらに次元を渡る力を持つが、真理を知るわけではない。これはハダドもそう言っていた。間違いはない」


「――!そうか、まさかそれで」

 かじりかけのトーストを皿に落とし、シモンが腰を浮かせる。訝し気なカレルに目をやりながら更に続けた。

「ベリンダはこの魔導式を既に解いて、最奥まで辿り着くのも時間の問題だ。そういう意味でも喉から手が出るほど欲しいのかもしれない」

「それは……乗っ取られたら相当にまずいな」

 カレルも渋面を浮かべる。


「恐らくフィービーは、ミーデンが現れた時空の歪みから因果律に囚われたのだと思われる。だから過去と未来が見えるし、亜空間も生成できる。だからある意味、まだフィービーの身が危ないのも確かだ」

 残りのトーストを口に押し込むと、シモンはジャケットを羽織る。事態を察してか、Wも魔法陣から姿を現した。

「あてはあるのか」

「ベリンダから聞いた。デールモア。今から飛行機で行けば二時間もすれば着く」

「空間移動で行けばすぐではないのか」

「行った事の無い土地には行けない。こういう時はこの世界の文明の利器が有難いね。W、チケットの手配と、明日の有給も申請しといてくれ」

「はい!」

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