第27話 王との対話
ところがまだ基地には戻れなかった。
問題があったわけではない。城にまだ用事があったのだ。シモンは忘れ物をしたと理由をでっちあげて駄目元で城へ連絡を入れた。すると丁度ホテルに戻った所で使いの者が訪れ、こうして再び城内に居る。まさかこんな時間の来訪が許されるとは思わず驚いた。
基地の損害は大きくない。カレルからは悪態をつかれたが、煽てて宥めた。実際、彼が居れば闇の欠片の対処は難なく行える筈だろう。
明かりこそついているが、夜の城は静まり返っている。非公式ゆえに裏口から入り、そして通されたのがこの部屋だ。白亜の壁と金色の装飾が明かりを反射し、夜の闇を感じさせない。調度品はどれも豪奢なもので、見たところ、要人との歓談用の客室のようだった。
忘れ物の対応としては随分と破格だ。となるとやはり――
シモンが思いを巡らせていると、程なくして、ハロルドが姿を現した。シモンが立ち上がろうとすると、ハロルドは手で構わないと示して見せる。ハロルドはシモンの横の椅子に腰かけると、僅かに上体ごとこちらを向いた。
「君なら気付いてくれると思っていた」
開口一番、ハロルドは言った。
「あの場で私から話をしたいと言うわけにはいかなくてな」
シモンは小さく頷きながら口を開いた。
「私についてアダムさんから聞いたというのは嘘。保護されて以来アダムさんの世話になっている私がそれに気づかない筈もない――ですね」
ハロルドはやや眉を歪めながら頷いた。
「聞いているかもしれないが、アダムとは不仲だ。個人的な会話は殆どない」
「ではなぜ私の素性や経緯を」
「ミーデンが教えてくれたのでね」
その名に否が応でも緊張が走る。どこから、何を聞くべきか。シモンは慎重に言葉を選んだ。
「ミーデンとは?」
すると一拍の間をおいて、ハロルドは可笑しそうに噴き出した。
「君、私の頭がどうかなったとは思わないでくれたまえよ」
「ええ」
更に暫くの間をおいて、ハロルドは漸く言葉を継いだ。
「『神』を名乗る少女。いや、正確には調律を行う者と言っていたが」
調律。国を、世界を滅ぼす事が調律だと言っているのか。一瞬シモンは頬を引きつらせる。
「少女……ですか」
「銀髪のほんの小さな子どもだ。だが突然姿を現したりと、魔導式では説明できない不思議な力を持っている」
恐らく次元移動の魔導式だろう。自分にとってはただの魔法に過ぎないが、この国では超常の力と見なされても不思議はない。
「ミーデンはアダムとベリンダを、多次元の調律を脅かす存在だと危険視している」
ハロルドは声を潜める。
「君が召喚されてしまった実験、ヘルマオン計画の事だというのだ。
確かにもし次元間の行き来が可能になれば戦争の可能性もあり、多次元との関わりや流れが乱れる可能性はあるだろう。あの慎重なアダムがそんな事を考えているとは思えないのだが」
アンドロイド達にアダムとベリンダに関する陰謀論を吹き込んだのはミーデンだ。ほぼ確定と言っていいだろう。それにしても何故そこまでアダムとベリンダに固執するのか。シモンは眉根を寄せたまま考え込む。
「戦争になり、やがて破滅する未来が見えるのだという。私も計画に賛同した身だ。この計画について中止する旨、王命としてアダムに伝えた。しかしアダムからの返答はない」
「私を帰還させるためにまだ必要だからではないでしょうか」
「であればそうと伝えれば済む事だろう」
シモンは言葉に詰まる。いかに不仲だからといって、政治絡みの件で応答しないというのは確かにおかしな話だ。しかし――
「突然現れて『神』を名乗るような存在より、息子の方を信じたい。しかしこれでは私も迷う。それで君に相談した。
君からそれとなくアダムの考えを探ってはくれまいか。親子だというのに、第三者の君に頼むのもおかしな話だが」
どこか縋るようなハロルドの言葉に、シモンは小さく頷いた。
「わかりました。私としても気にはなります」
ハロルドは漸く表情を綻ばせた。
「有難う。王宮への直通回線へアクセスできるようにしておこう。今後はそちらへ連絡を」
「はい」
ハロルドが立ち上がり、シモンも同じく立ち上がった。
しかし、ミーデンの言う事が最も信用ならない。
ハロルドの体調の件もあって、グレイセット城にもシールドを張りたかった。だが現状ハロルドはミーデンに懐柔されており、アンドロイドのボディである事にも気付いていない。いや、恐らく気付かないでいる方が安全だろう。その気になればミーデンは即座にハロルドを亡き者にもできる。やむを得ないが、今の所は何もしないでいるしかない。
複雑な思いを抱えながら、シモンは漸く基地への帰路についた。
+++
「悠長に朝帰りとは立派なご身分だな」
「人気者は辛くてね」
基地に戻るなりカレルの出迎えを受けた。軽くかわしながらシモンは疲れた体を引きずって部屋に向かう。と、カレルも後からついてきた。
「ちょっとくらい寝かせてくれ」
げんなりしながら呟くと、シモンの体調を考えたのか、Wが慌てた様子で現れた。
「あっ、あのっ」
「話が先だ」
Wはカレルの眼光の前にそれ以上何も言えず、また魔法陣へ引っ込んでしまった。
部屋に着くとシモンはベッドに、カレルは少し離れて椅子に腰かけた。テーブルにはカフェで淹れて貰った濃いめのコーヒーと紅茶が並んでいる。シモンはぐったりしたままコーヒーを胃に流し込み、カレルに目を向ける。
「で、話って」
「基地の襲撃は陽動だ」
カレルの言葉に、シモンは何度も頷いて見せる。
「驚かないな」
「だろうと思ってたから」
再びコーヒーカップを口に運び、一息ついてからシモンは続けた。
「それとロボット兵のメモリ消去も兼ねてたんじゃないか」
「と言うと?」
「検証のためにロボット兵は残されているだろう。だがそのメモリにはミーデンの姿が映っている可能性もある。念には念を入れて、わざわざロボット兵を操る事で処分させようとしたんじゃないかと思ったよ。闇の欠片と戦った感触からすると、一々ロボット兵を操るより、そのまま襲ってきた方が戦闘力は高い」
想定していた以上の事を返されてか、カレルは黙って考え込んだ。
「お前は何で陽動だと思った?」
「やけにあっさり引き下がったからな。あれが本当に何かを狙ったのなら、もっと執拗だ」
「経験者が居て助かる」
そう言ってシモンは大きくため息をつき、アダム宅での顛末を話した。
「そうか。だとすると狙いはベリンダと見て間違いないな」
「ちなみに聞きたいんだが、アダムを狙った可能性は?」
「無い」
カレルはきっぱりと言い切った。
「何故」
「『虚無』は女の体しか狙わない。男なら倒す目的以外にないが、映像記録からしても向かっているのはベリンダだ」
「そうだな、映像からしても――女の体?」
ふと引っ掛かってシモンは鸚鵡返しに問う。
「ああ。お前にはまだ言っていなかったな。『虚無』が器を求める際には必ず女の体を選ぶ。ベリンダを襲った映像を見て体目当てだろうと思ったよ」
「ミーデンの機体を乗っ取っている筈だが。それでも?」
「前に言っただろう。奴らの欲するのは生体だ。無機物では話にならん。魔導炉とかいうものが幾らか役には立つだろうが、連中の力を維持するには生体エネルギーに勝るものはない」
漸く合点がいって、シモンは目を丸くする。
「それにベリンダは美しい。外見の良さも連中が欲する基準の一つだ」
「変な所で人間臭いな」
「人間を支配したいのだから当たり前だろう」
何を今更、と言いたげなカレルを見ながら、シモンはふと首を傾げる。
「前は何となくで流していたが、何故奴らは自我を持つと、滅ぼすより支配を選ぶんだ」
「その方が『神』らしいからでは」
益々人間臭い回答にシモンは閉口する。
「『虚無』の動機なぞ私にはわからん。秘匿された知識の王たる私にわからんという事は、どうでもいいような理由だろう」
カレルは事も無げに言いながら腕を組んだ。
「我ら魔族は神に産み落とされた原初の生物だ。神を騙る存在は滅するのみで、人間のように動機を考慮云々と言って理由など一々聞きはしない。気になるなら『本人』に直接聞いてみたらどうだ」
「いつかそうする」
シモンは首を振って視線を明後日に向けた。
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