第26話 手がかりを探して
「シモンさん~~~~~!!」
カウンズホールのアダム宅を訪れた瞬間、Wが飛び出してきた。
「あれは一体何なんですか?知っているんですか?」
Wが慌てふためくのもいつもの事だが、未知の概念についてオーバーヒートせずに聞いてくるのは珍しい。シモンが呆気に取られていると、ベリンダがWの後ろから機体を掴んで引っ込ませた。
「うるせえ」
ベリンダはWを抱えたままシモンを招き入れる。
「悪ぃな。ずっとこんななんだわ」
「いや、いい。Wが騒がしいのはいつもの事だ」
「ええ~~~~~」
今回の襲撃のショックもあってか、ベリンダは元の調子を取り戻していた。久しぶりの様子にホッとしていると、掃除道具を手にしたアダムもリビングにやってきた。元々生活感の無い家だが、戦闘で荒れてしまったらしい。壁にかかっている絵はまだ落ちたまま、飛び散ったガラスを今漸く片付け終わったというところのようだった。
「襲撃された時の記録です」
漸く大人しくなったWが壁に映像を投影した。『闇の欠片』は突如ベリンダの前に現れ、襲っていた。丁度すぐ傍に居たアダムがシールドを展開し、難は逃れた。
「君のくれたシールドが早々役に立つとはな」
そう言ってアダムは以前渡した簡易シールドを取り出した。今はもう球体に戻っている。ダグラスの工具を借りて付け焼刃の模倣工作だったが、作っておいて良かったとシモンは内心胸を撫で下ろした。
「同じです。『闇の欠片』に間違いない。しかし、基地に出たというものと比べても――」
先ほどの通信を頭の中で反芻しながら、シモンはアダムを一瞥した後再び映像に目を向ける。
ダグラスによると、カレルが始末するとすぐに消えてしまったそうだが、ここでは何度アダムに攻撃されて消されても執拗に襲おうとしている。そのうちに警備兵が現れ、シールドを持たない彼らは怪我を負ってしまう羽目になった。
「こちらではしつこかったようですね」
「ああ。幸い剣で倒せはしたが」
映像を見つめたまま、暫しの沈黙が訪れる。
「俺を狙っているようにしか見えなかった」
沈黙を破ったのはベリンダだった。二人と一機はソファに腰かけているベリンダへ目を向ける。
「て、ゆーか……」
ベリンダは眉根を寄せたまま抱えたクッションに顔を埋めた。
「タイミングが良すぎる」
継いだシモンの言にベリンダは頷く。
「ガキの頃の俺の記憶が具現化している事といい、一体何?」
「Wの記録を見たのか」
「見た」
ベリンダはそう言って立ち上がり、三人は部屋中央のテーブルについた。ベリンダはクッションを抱えたままアダムの隣に、シモンはその向かいに。
「『神』に狙われてるっつってたけど、それって記憶の残滓じゃなくてダアトなんじゃね?」
ベリンダは頬杖をつきながら視線だけをシモンに向ける。
「あの様子じゃ場所にある記憶の残滓はごく微量だ。ンなもん乗っ取るより、半永久的に稼働できる機体を選ぶだろうよ」
「確かにそうだな。ダアトがそんなに似ているのなら」
「俺の方がマデリンより美術の成績良かったし」
妙な所で対抗意識を燃やすさまに、シモンは思わず小さく噴き出してしまう。
「笑うとこじゃねーだろそこ」
「いや」
釣られてアダムも笑い、張り詰めていた空気が少し和らいだ。
「なんで十中八九、奴はダアトを操ってると見ていいと思う。
それにしても不可解なのが、今回以外に特に目立った行動がねー事だよな」
聊か不貞腐れた様子でベリンダは明後日の方を向く。
「お前伝手に聞いた話じゃ、世界を滅ぼすような輩なんだろ。なんで一々牽制みたいな真似するわけ。俺としてはヤな予感しかしねーんだよな……」
再びクッションに顔を埋めるベリンダに、シモンはふと首を傾げて見せる。
「これも仮説にすぎねーんだけど、無機物の体じゃ意味がなくって、だから俺の体を乗っ取ろうって算段なんじゃね」
二人と一機の視線が再び集まり、ベリンダは視線をそらしたまま続ける。
「だってそうだろ。わざわざアンドロイドの中でも兵装の無いミーデン――いや、ダアトを選ぶ理由が外装以外ねえんだよ。その上俺を一々襲おうとしたってあたりが、どうも」
確かにその可能性は高い。重い沈黙の中、シモンがふと思い出したかのようにベリンダを見る。
「ところで、なんでミーデンと名付けたんだ」
斜め上の質問に、ベリンダは目を丸くする。
「俺もマデリンと同じく、ずっと作っていくつもりだったから……古代語で『ゼロ』の意味。ミーデンはプロトタイプだった」
「そうか」
「でもやめた。アンドロイドは外装もシステムも全部人間の手で組み込んで作り上げ、模倣しただけのコピーでしかねえ。決まりきった答えしか返さないのにイライラして、こーゆー事に使う技術じゃねーなって見切りつけたの。何より、人間の客体化が益々激しくなりそうだしね」
「ちゃんと理性が働いたわけか」
そう言うとベリンダはぐるりと視線を巡らせ、訝し気にシモンを見た。
「理性っつーか、倫理観と言って欲しいね」
「お前の身を欲しがる理由なら幾らでも挙げられるが、そうしたところで『虚無』は何を目的にしているのかがわからん。体が欲しかった、だけで済むとは到底思えん」
アダムが視線を向けると、ベリンダは眉間にしわを寄せたままその肩に頭を持たせかけた。
「それも含めてカレルに聞いてみようと思います。何しろ専門家なので」
そう言ってシモンは立ち上がり、同時にWも飛び起きた。
「あっ。ぼくもおともします!」
「もういいのか」
「はい。ベリンダ様もすっかり元の調子ですし、遠隔で様子を見る子機も作って頂きましたので」
Wが取り出したのは金縁のモノクルだった。飾り気は無いが、レンズに何やら機械類が埋め込まれているのがわかった。まじまじと見ていると、ベリンダがそれを取り上げる。
「眼鏡型の外付け。会話機能とかねーけど、状態は記録できっから」
「なら安心か」
仏頂面のベリンダをよそに、シモンとWは目くばせする。
シモンは天井を見上げ、右手を掲げる。すると手のひらの先に魔法陣が展開され、光の線が放射状に天井を這い、やがて魔法陣と共に消えた。
「空間制御の魔法を軽くかけた。わかるだろ、次元移動と空間移動を制限する魔法だ」
「しらねえ」
あっさり未知の法則の解答を見せられてしまったからか、ベリンダは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「これで『虚無』や『闇の欠片』が侵入する事はないはずだ。 いくらかは安心できますが、ベリンダをあまり外出させない等、気を付けてください」
「わかった」
去り際、背後から声をかけてきたのはベリンダだった。
「デールモア」
「?」
「デールモアだよ。北部の荒野。あそこにたぶん残滓があるはずだ。あいつは俺だが、過去と未来にアクセスできるんだろ。なんか情報引っ張り出してきて」
「了解」
残滓は強い思いのある場所に存在する。それにしても随分あちこちにあるものだ。不思議に思いながら、シモンは基地へと向かった。
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