第25話 暗雲

 何もかも唐突で無茶苦茶だった。普通、一般人と国王との謁見となればまず正式な招待状から始まり、細かな打ち合わせが伴うものだ。それが、渡されたのは略式の招待状と簡潔すぎる注意事項の示された文書だけ。

 この世界が、この国が特殊なのかとアダムに通話で尋ねたが、さにあらずとの事。アダムも知らなかった事らしく、リニアが出るまでの僅かな時間打ち合わせが行われた。

 幸い元の世界の王宮でのマナーとも大きな違いは無く、突発的な招待でもあるため、服装も以前ピトス・メカニカの面談の際に着たスーツで良いという。それにしても不可解だと、通話を切る直前までアダムは不思議そうだった。


 グレイセットに入り迎えた翌日、指定されたホテルに訪れた迎えの車に乗り、シモンはグレイセット城を訪れた。

 グレイセット城は六百年ほど前に建てられた城で、北の海を臨む崖の上に立っている。城というよりは要塞に近く、厳めしく堅牢な造りは、首都で見ていた旧王宮のような優雅な雰囲気とは程遠い。

 しかし元々シーモア家が居住していた事もあり、城内は外観と違って近代的な内装になっている。


 謁見の間には当然ながらシモン以外の人々も集っていた。と、いうより、シモンが今日の謁見に無理やり捻じ込まれたと言った方が正しいのだろう。老若男女、中にはTVで見かけた芸能人も混じっている。本来こちらの方がミーハーな立場の筈だが、最近報道されていたせいか、人々の視線は自然とシモンに集まっていた。


 見られる事にもそれなりには慣れているが、やりづらい。そんな事を思っていた矢先、漸く国王が現れた。

 黒いスーツに臙脂色のネクタイというクラシックスタイルで、外見はメディアで見ていたそのままだ。年の頃は七十ほど、ごく薄い金髪に、アダムと同じ金色の目をしている。年の割にはしっかりした体つきで、表情も穏やかだ。だがメディアで見た最後の記事、一月前の写真と比べると弱々しく見える。


 シモンの順番は最後だった。突発的な招待だったのだからさもありなんといったところか。隣の女性との挨拶が終わり、いよいよシモンの番が来た。


 手順通りの挨拶を終えて型通りの労いの言葉がかけられる。かと思いきや

「ド・ロタリンギア」

 ハロルドはシモンの名を繰り返し、僅かに声を潜めた。

「アダムから聞いている。君もきっと元の世界では王族なのだろう」

「はい」

 既にその国は無いですが。とは言わず、シモンは大人しく肯定するだけに留めた。

「本来ならもっと正式な形で会うべきだったのだが、急ぎでも労いたくてね。申し訳ない」

「勿体ないお言葉」

 シモンは軽く会釈した。


 謁見は恙無く終わり、再び車でホテルまで送られた。すっかり日も傾いていたが、シモンはそのままホテルへは戻らず海岸へ向かった。腕のデバイスがナビゲーションしてくれるが、こういう時Wの不在が不便に感じられる。


 中心部から十分ほど歩き続けると風に潮の香りが混じり、潮騒が聞こえ始めた。狭い通りを抜けると眼前には暗い青の海が横たわり、丁度上ってきた大きな月が見えた。

 満月には数日足りないが、それでも月は眩しく、夜の闇を青く照らしている。砂浜には観光客と思しき人々の姿があった。近くには小洒落たカフェもあり、テラス席で海を眺める人も居る。

 シモンは喧噪に背を向け、人気のない岩場へ向かった。岩場は、丁度グレイセット城の直下にある。歩き続けて岩場が近づく程に、景色が黒く欠けてゆく。黒い消失が人型の影だと視認できる距離まで来て、シモンは歩を止めた。


「オ前は器に足りヌ」


 影は片言に言葉を発した。声は野太く、暗く、男とも女ともつかない。


「憑りつけないの間違いだろう」

 シモンは冷ややかに返した。


 謁見の時から覚えのある気配は感じていた。故国を滅ぼした忌まわしい暗黒、『虚無』。カレルの言った通り、自我が生じている。

 ハロルドが知っているのか、また、関係しているのか否かはわからない。しかし『虚無』はここに存在し、ハロルドの生気を糧にしている事だけは確かだった。そして恐らく目の前にある影は以前カレルの言っていた『闇の欠片』、端末に過ぎないようにも思われた。


「それで。わざわざお出迎えの理由は?」

「出迎エたわケではなイ。お前ガ勝手にコこへ来タ」


 言うが早いか、影の姿が消えた。いや、消えたのではない。背後に気配を感じる前に、シモンは身を翻して炎を呼んだ。

 シモンが振り返ったと同時に青い火柱に焼かれる影が見て取れた。背後に回るであろう事はあらかじめ想定できていた。影は次第に形を失い、炎の中に溶けてゆく。


「人形モ余計な事ヲしたものダ――」

 謎めいた言葉を残し、影は焼き消えた。どうやら闇の欠片に炎は効くようだった。炎が消えてしまうと後には何も残らず、『虚無』の気配も消えてしまった。

 ハロルドのやつれ具合から見て、てっきり本体がここにいるのかと思っていたのだが――あての外れたシモンは仕方なく来た道を引き返した。


 何も気づかなかったであろう観光客たちの居る場所まで戻ったところで、突然インカムから声が聞こえた。

『シモン、すまないが今すぐうちへ来て貰えないか』

 声はなんとアダムだった。

『影のようなものに襲われた。我々は無事だが、警備の者が負傷している。君に心当たりは?』

「――! 先日ダグラスを襲った奴と同じでしょう。たった今、俺も」

『君もか?!』

「対処は出来たので無事です。すぐ向かいます」

 恐らく今と同じ、闇の欠片だろう。それにしても何故、アダムの所に?亜空間を通じて瞬間移動しようと足早に物陰を探していると、再び通信が入った。

 噂をすれば影、まさに今しがた名を挙げたダグラスからだった。


『シモンさん!基地がロボット兵に……いや、闇の欠片の憑りついたロボット兵に襲われたよ!』

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