第24話 二人の身の上
「あなたの仰る通り、安い英雄譚に乗せられていたような気分です」
賑やかなカフェのいつものカウンターの一角で。リュシーは少し恥ずかしそうに笑った。
リュシーの人間との差異は、尖った耳と髪の毛の僅かな発光くらいだったので、隠していてもあまり変化を感じない。さすがにマスクも取った方が無難かと、今は灰色の美しい瞳もそのまま曝け出している。
曰く、目が見えないわけではなく、修行の一環としてつけていたらしい。
「種族の中では下級の身の上で、要人の警護が主な仕事です。だからどうしても、私達より弱い種族にそれこそ『神』か何かのように頼られるとほだされてしまうのでしょうね」
リュシーは自嘲気味に笑い、カフェをゆっくり眺めた。
「人々と接していると一時の絆しに囚われていた事が、己の優越感が、少し恥ずかしくなります」
「特別視されるのに弱い、か」
紅茶を啜りつつ、シモンの反対隣に座るカレルが呟く。コーヒーは全く口に合わないらしく、カフェでは珍しい紅茶が彼の唯一のお気に入りだった。
「お前こそ、魔族が気まぐれを起こすなんて事はやっぱり乗せられていたからじゃあ?」
シモンが突っ込むとカレルはむっつりした表情で明後日の方を向く。
「私は元々寛大な魔族だ。下級魔族のように人間の命の対価など求めたりはせん」
「へえ」
軽く受け流されたのが気に入らなかったのか、カレルは苦虫を噛み潰したような顔のままシモンへ向き直った。
「『秘匿された知識の王』それが表向きに知られる私の名前だ。人間界、別次元でも滅多に知られていない」
「確かに聞いた事は無いな」
魔族に対する知識自体それほど多くはないのだが。シモンが知らなかった事に気をよくしたのかカレルは口の端を引き上げる。
「我ら王の立場にある魔族は人間の召喚で簡単に呼び出されはしない。だから物珍しかったのだ」
「しかしうまい事力のある者ばかり呼んだもんだな」
「そうですね。私の国は次元の狭間を揺蕩い、流れ着いた次元で交流をするかしないか程度に知られていない国です。何故その召喚のチャンネルとやらが合ったのか」
「そのあたりもベリンダの解析待ちか……」
ぼやきながらシモンはカフェオレを一口飲み下す。
「ところで『神』についてなのですが、そう名乗って人間を支配していた同族の存在を知っています。自らを神だと称する傲慢なものは、どこにでもいるものでは?」
リュシーは少し身を乗り出してカレルに問うた。
「そうだな。だがあの『闇の欠片』を使う存在は一つしか知らない。勘違いした特殊な種族では無いだろう」
「その『虚無』について何か知っている事は?」
「話せば長くなるが」
カレル曰く、虚無とは今から千年ほど前に生まれたエネルギー体だったという。どこかの次元を作り出した、自称『神』が作った分身らしい。やがて『神』が滅ぼされ、プログラムに従って『虚無』が目を覚ました。
『虚無』に自我は無く、『神』にプログラムされた通り方々へ散り、各次元の生命体を滅ぼしながら吸収し、育っていった。
そのうち自我を持ち始めた個体が出現し始め、『神』を名乗り、屁理屈な理由をつけては次元を支配するようになったそうだ。
「自我を持ち始めた頃から生体の『器』を欲するようになった。以降は、哀れな人間などの生物の体を乗っ取って人心を惑わし、いよいよ『神』としての存在感を増している」
「……」
故郷を無差別に滅ぼしたあれが『神』!
思い出すだけでシモンは腹の底にある憤りが更な熱を帯びるかのように感じた。
「火のロタリンギア。お前の故国を滅ぼした個体はまだ自我が芽生えていなかった。恐らく、今は成長して自我もはっきりある事だろう」
「知っていたのか」
「はじめは気付かなかったが、お前の特性を見て漸く思い出した。この次元に居る個体が同じ個体である可能性は高いと見ている」
「!」
シモンは目を見開いた。
「あの個体は育つのが遅かった。他の個体はあらかた我々魔族によって秘密裏に葬り去られたが、取り逃したうちの一つだった。たしかミーデンという名も名乗るようになっていた」
ミーデン
マデリンが言ってた、ダアトの本来の名前。ベリンダが名付けていた名前だ。
偶然の一致か?それともまさか、ベリンダが既にミーデンの存在を知っていた?
ふとした疑惑が首を擡げる。
「……裏に何が隠されているのか判然としない部分はあるが、その『神』を倒す事が当面の目的になる。協力してくれるか」
静かに呟き、シモンはリュシーとカレルを交互に見る。
「ええ。私に出来る事なら。故郷の貴人の警護も終わった自由の身です。出来る限りお手伝いします」
「私にとっても願ったり叶ったりではあるからな。この平行次元に現れた異分子は排除せねばならん」
「有難う」
シモンは複雑そうに眉根を寄せながら少しだけ笑った。
「ただ一つ見落としている点がある」
カレルは紅茶を飲みほして呟いた。
「『虚無』は自ら能動的に次元を渡る。そして目を付けた次元を滅ぼす。という事は、この次元にも「呼び出された」のではなく「自らやってきた」と考えられるのでは?」
「そうか……となれば人間がまるで関与していない可能性すらある」
シモンは愕然とした表情でカレルを見やり、同意を示すようにカレルは無言で頷いた。
こうなると、ケテルのメモリに残されているであろうダアトのデータが全てだ。
ベリンダの回復を待つより、ダグラスに解析を依頼した方が良かっただろうか。
そんな事に思いを巡らせていると背後から声をかけられた。
「シモン。お前にとうとう王様からの召し出しだ」
グレゴリーだった。手にはシモンが撮られた写真の載った新聞がある。
「アンドロイド一体を一人で倒しただけでも十分破格の戦果だからな。今は皇太子妃の警護をする謎の優男。有名人にもなるってもんだ」
ニヤニヤしているグレゴリーをシモンはただただ困惑ぎみに眺める。
「日にちは明日の午後。グレイセットまでちと距離があるからな、今日の最終リニアで発って一泊後に謁見した方がいい」
「随分急ですね」
「陛下も暇してんだろ。ま、緊張せんように」
召し出しを示す文書をシモンに押し付け、グレゴリーは去っていった。
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