第23話 因縁

 ベリンダとアダムの自宅を訪れると、ベリンダが丁度起きてきたところだった。まだ口数は少ないが、喋れるまでは回復したようだった。医師の診察でも特に問題が無かったらしく、これで晴れてシモンは今回のゴタゴタのお役御免となった。


 三人で昼食を共にし、ベリンダがWと部屋へ引っ込んだ後シモンはリビングでアダムとマデリンの件について話した。一応ベリンダに聴かれないよう、声を落としながら。


「アンドロイド達に指向性を与えたのは確かですが、マデリンは本当にヘルマオン計画について知らなかったのだと思います。なので、恐らく今回の反乱はアンドロイドを唆した第三者が居る」

「私を快く思わない人間ではあるのだろうな」

 眉根を寄せながらアダムは口元に指を押し当てる。


「実験と計画を知っているのは軍のごく一部のチーム、閣僚、そして父だ。……私としてはどうしても安直に父かと思ってしまうがね」

 そう言ってアダムは小さく笑う。

「それほどに不仲で?」

 聴くのも悪いかと思ったが、シモンはどうしても気になっていた。


「表向きには今の世情に合わせた聞こえの良い事しか言わないが、本質は古いタカ派だよ。そりが合わないので私は適当に合わせている。が、それも見抜いてはいるだろうな」

「しかしそれだけで実の息子を貶める理由になりますか」

「なるさ。目立ちたがり屋なところもあるから、私ばかりメディアで好意的に取り上げられるのが内心面白くないはずだ。それに、ベリンダの事がある」

 アダムは一層声を潜めた。


「物的証拠を挙げる事はできないが、父はベリンダの両親と弟を暗殺させている」


 シモンは驚き、まじまじとアダムを見つめた。アダムの表情は至って真面目で、その真剣さの裏にはベリンダに対する贖罪のような、何かしら気後れするような感情すら見て取れた。

「ベリンダの家はかつての旧王家だ。一貴族に戻ったとはいえ、今なお影響力のある人間を消したかったんだろう。だからベリンダに関しても何かしら因縁がある。私とベリンダを名指しで『敵』としたい理由はあるんだ」


 思わぬ情報だった。

 確かに、公爵家であるマナーズ家の当主夫婦が代父母となっていたくらいなのだから、元々ベリンダの家は家柄がいいのだろうとは推察されていた。しかしまさか、旧王家だったとは。そしてそれ以上に、なぜ親の仇とも呼べる人間の息子と結婚するに至ったのか。考え始めるときりがなかった。

 驚きつつもシモンは続けた。


「王はピトス社のピルズベリー顧問と懇意だとは聞いています。そうなると、顧問を通して何かしらの接触があった可能性も高くなりますね」

「ただ、父とノアが何かしらの理由で結託したとして、反乱後は二人とも王宮へ近づけていない。……それでダアトか」

「はい。どういう方法でかはわかりませんが、王がダアトをノア経由で入手し、ケテル以下のアンドロイド達を扇動していた可能性はあるかと」


 ふとベリンダの部屋を見やるとドアは開けたまま、Wと何やら喋っているようだった。逸らした視線を元へ戻し、シモンは目の前のアダムを再び見やった。

「接触があったであろうケテルのメモリ解析はベリンダに頼んでいます。まだ時間がかかりそうなのでそちらはさておき、彼女が召喚しようとしていた『神』が、どうやらこの世界に召喚されてもいるようなんです」

 『神』の単語にアダムは一瞬表情を曇らせた。

「ベリンダから聞きました。色々あって、『神』を呼び出そうとしていたのだと。次元は果てしないですからね。『神』を名乗る存在の一つや二つ居てもおかしくはない。

 ですが、カレルの話によるとどうやら、『神』を自称する存在は一つしか無いようで。呼び出したとしても何の願いも叶えないどころか、この国が、世界が滅ぼされていた可能性もありました」


「それは確かなのか」

 アダムはやや焦った様子で前のめりになる。

「ええ。今朝、カレルとダグラスから連絡があって確認しました。

 既に呼び出されている根拠としては、動かないはずのロボット兵が何者かに操られており、操っていたのは『神』の端末たる『闇の欠片』だったとのことで。

 あの模倣品のポータルから呼び出されたのかどうなのか定かではありませんが、存在する事は確かなようです」

 アダムは眉間の皺を更に深くしながら考え込み、シモンは続けた。


「『神』についてはリュシーも何か知っているようなので、一旦基地へ戻って彼らと話をしてみたいと思います。そうすれば何かわかるかもしれない」


 シモンは立ち上がりかけてふと、テーブルの上にある雑誌に自分の姿が載っている記事を見かけた。久しぶりのベリンダの露出に加え、付き従う謎の男だ。一社だけにとどまらず、各所でも報じられるようになってしまったとは。


「王宮での大活躍については伏せる事が出来たが、こればかりはね。君は目立つ」

 アダムは意地悪そうに笑い、シモンは困惑する。

「とはいえ人の噂などそうそう長期は持たない。暫く警戒するくらいでいいんじゃないかな」

「で、ある事を祈ります」


 シモンは懐からWによく似た球体を取り出し、床に放り投げた。すると球体は薄いクリスタル状の帯になり、シモンの前を覆った。丁度大人が三人分くらいは余裕で入れるほどの広さだ。

 手を翳して魔力を送ると、帯は再び球体に戻った。


「Wの機構を応用して作ってみました。物理攻撃を反射する簡易シールドです。万一何かあったら、これを投げて展開してください。あなたとベリンダと私の魔力にのみ反応します」

 そう言いつつシモンは球体をアダムに手渡した。

「有難う。使う機会が無い事を祈るよ」

 苦笑いするアダムに、シモンは頷いてみせた。

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