第22話 『神』の尻尾

 通信を送ってきたのはダグラスだった。

 焦った様子で、どうやらピトス・メカニカ本社でロボット兵が突如として襲ってきたらしい。

 一人で行くなと言ったのに。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、シモンは話を促す。


『おかしいんだよ。魔導炉、動力は完全に切っていたのに襲い掛かって来て。まるでロボットのゾンビみたいだった』

「ロボットのゾンビ?」

 言葉を準えながらシモンは怪訝な表情を浮かべる。

『それが、あっ』

 通信機を誰かに奪われたらしい。一拍の間をおいて奪った本人が説明を続けた。


『『闇の欠片』が動かしていた。勿論すぐに潰したが』

 声の主はカレルだった。カレルは今、その力を買われて傭兵として撤収作業に加わっている。軍規に大人しく従うように思えなかったのだが、意外と大人しくしているようだ。

「『闇の欠片』とは?」

『お前には伝わるだろうかな。遠隔操作できるエネルギー体だ。寄生させれば無機物だろうが有機物だろうが任意の命令で動かす事が出来る。ゴーレムに付与する呪符の有機体みたいなものだ』

 理解はできたが、元居た世界でも聞いた事の無い物だった。ゴーレムはあくまで術者の作った無機物である呪符とその呪力で動く。アンドロイドもまた同様に、魔導炉という無機物からエネルギーを生み出して動いている。

 どうやらこの世界の物では無さそうだ。


『私は魔界でしか見た事が無い。それにこれが存在するという事は、本体もどこかに居るはずだ。強大な力を持つ魔族、或いは――』

「『神』か」

『……自称しているようだがな』

 カレルは納得が行かない風だ。しかし『神』について何か知っているらしいのはシモンにとって朗報だった。


『これがお前の言っていた「脅威」か?』

「かもしれない」

『相当厄介な相手だぞ。実体を持たない『虚無』の闇。自らを『神』と名乗り、目をつけた世界を悉く滅ぼしている。闇に親和性のある私はいいとして、その瘴気に長く浸かると人間ならひとたまりも無い』

「――!」

 シモンは思わず目を見開いた。瘴気を伴う闇。それは、故郷を滅ぼした暗黒の事ではないのか、と。

『お前にも心当たりが?』

「確定じゃない。だが、もしそうだとしたら、俺にとっても因縁の相手だ」

『火で焼き払えるような奴じゃないぞ』

「わかってる。だから俺も空間制御の魔導式を極め、兵器を作り続けていたんだ」

 握りしめた拳に、更に力がこもる。


『リュシーもこの件に関しては心当たりがあると言っていた。一度三人で認識を擦り合わせた方がいいかもしれん』

「ああ。そうしたい。ただ――」

『ベリンダか?』

「昨日騒動があってね。昨日の今日でよくなっているとも思えないし、気になる」

 シモンは手短に昨日の件を説明した。

『夫とあのロボットがついているんだろう』

「騒動について説明できる第三者が俺しか居ない。もしマデリンから接触があった際、対応できなくなる」

 インカムの向こうから短いため息が聞こえた。

『ならそのマデリンにもう一度話を聞いた方が早いんじゃないか。一々出方を待っているより』

 カレルにしてはまともな提案だった。

「まあそれも時間はかかると思うが……ダグラスの護衛は暫く任せた」



 イオンからは謝罪のメッセージが大量に届いていた。自分に言っても仕方がないのだが、事実シモンにもとばっちりがあったと言えばそうだ。

 ベリンダの方から特に連絡も無い事もあって、シモンはイオンに連絡をした。すると、もしできればまた来てほしいとの事。

 シモンは再び、借りたままの車でマデリン宅を訪れた。


 室内に異常はなく、通してくれたイオンも憔悴こそしていたが、普段とそう変わらない様子だった。

「昨日はごめんなさい、あんな喧嘩腰で酷い事を言ってしまって」

 マデリンはソファに身を埋めたまま、前かがみに俯いている。

「いえ。それに、謝るのならベリンダへ謝って下さい」

 マデリンが顔を上げ、シモンは少し首を傾げて見せる。

「いつか彼女の状態が落ち着いたら、その時に」

「ええ。ええ……」


 昨日の暴言は暴言に留まらない。場合によっては国家反逆罪にすら相当する。しかし現状アダムは静観する事にしているという。一度反逆罪の汚名を被れば、マデリンも最早再起すらできなくなる。何より、一時的な感情の高ぶりから言いちらしただけかもしれない、と。


「ドグマを入れなかったのは本当。悪いとは思っていたけど……どうしても実験してみたかった。アンドロイドでも、子どものようになれるのかと」

 イオンの淹れてくれた紅茶に口もつけないまま、マデリンは頬杖を突く。

「アダム殿下とベリンダを敵だと植え付けたのも本当。私は子どもも作ったのに、夫ともその子どもとも別れて虚しかった……だから、子どもも居ないのに愛されているベリンダが羨ましくて……。

 だけど兵器は、あの子達を有能に見せるためだけの飾りだった。国家転覆だなんて、そこまでは考えて無かった。それだけは信じて欲しい」

「結果的にそうなると予測はしなかった」

「動いた事がただ嬉しくて、そこまで頭が回らなかった。だからベリンダが作りかけていた機体も、きちんと完成させて喜ばせようと思っていたのに、ケテル達がクーデターを始めるだなんて……」


 不意に、思わぬ言葉が出た。ベリンダもアンドロイドを作りかけていた?


「ベリンダもアンドロイドを作っていたのですか」

 聞くとマデリンはシモンを一瞥し、すぐに目をそらした。

「ピトス・メカニカに居た頃、同じ部門だったから。彼女も作りかけていた機体があった。子どもを産めないのをあんなに気にしていたのに、私は……」

 思い出して嘆くマデリンを傍らのイオンが宥め、マデリンは鼻をすすりながら再び顔を上げた。

「子どもの、つもりだったんだと思う。小さい頃の自分の写真を見ながら作ってた。でも余計に虚しくなったんでしょうね。半壊させて、それからピトス・メカニカもやめてしまった」

「もしやその機体が『ダアト』では」


 シモンの一言にマデリンが息を飲む。

「生命の樹から命名していたでしょう。しかしダアトという機体だけは存在しない。だからもしかしてあなたが作ったものの、何らかの事情で手放したのかと」

「ええ……。本当の機体名はミーデンと言うのだけど。一旦は修復して、ベリンダに内緒で作り上げた。もし思った通りに動いたなら、喜んで欲しくってね」

 寂し気ながら、マデリンは少しだけ笑みを見せた。

「でも駄目だった。作り物はお人形さん遊びと一緒。きっと彼女をもっと悲しませてしまうと思って、その機体は本社内に残したまま」


 恐らくもう本社には無いだろうが、これは有難い情報だった。

「ダアトについて知っている人間は他に居ますか?」

 マデリンは首を横に振る。

「当時の仲間は全員知ってるでしょうけど。……」

 主要な技師達はアンドロイドに殺されてしまっている。恐らくその光景を見てしまったであろうマデリンは肩を竦めて両手で抱いた。


「有難うございます。十分です」

 ノートを仕舞いながら礼を言う。もしかすると、昨日の聴収も自分一人の方が良かったのではないか。そんな気すらしていた。


 今日の大衆紙のある面に、ベリンダと自分の写真が載っていた。ご丁寧にセキュリティーフォースだという身の上まで調べた上、『ボディガードにしては仲が親密なようにも思える』などとまで書いて。

 ベリンダを貶めたい意図も加味されているとはいえ、つまり他人の目からは、そうも見えるのだ。


 マデリンはベリンダに複雑な感情を抱いている。ベリンダは自らの外見に引き寄せられて寄ってくる男に迷惑をして、恐らく被害すらあった。しかしマデリンはそれを羨んでいた。マデリンにとっては恐らく、女として、妻として、母として、認められる事こそが幸せだと思えるのだろう。

 そこに新たな自分という男までもがベリンダに味方して寄り添い、仲も悪くない所を見せつけられたのだと感じたのだとしたら。嫉妬に駆られて激昂したのも頷ける。事実、先ほどの聴取の中でマデリンは自分を気遣う素振りすらあった。言い方は悪いが、媚びを売るような。

 マデリンの不幸を思いながらも、シモンとしては、ベリンダの方がまだ親しみやすく、その価値観も理解できた。

 そんな事を考えながら、シモンはマデリン宅を後にした。

 カメラマンが居ればこの一人の状態を見てなんとかベリンダにかかる疑惑を払拭してくれないものだろうかと思ったが、願いも空しくその姿はどこにも無かった。

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