第20話 存在意義

 それから更に数日後。マデリンは退院し、長期休暇に入ったイオンがその家で身の回りの世話をしていた。

 一度くらい見舞いに行った方がいいだろう。どこかまだ渋るベリンダを説得し、シモンはベリンダと二人でカウンズホールにあるマデリンの家へ向かった。

 イオンの方から「今なら話をするのも大丈夫そうだ」との情報を得たからでもあった。


 マデリンの家は中心部から少し離れた閑静な住宅街にあった。メゾネットタイプの住宅で、レンガ造りの外観も中身も落ち着いた上品な佇まいだ。

 旧友同士は軽く挨拶をかわし、ベリンダの持参した花束はリビングにすぐ活けられた。

 一見する限りではあるが、マデリンは以前より元気そうではある。あれからさすがに報道も自粛を始めたのか、家の傍にカメラマンが一人二人いる程度にはなっていた。それでも、張り付かれるのはストレスだろう。


 庭の見えるリビングは心地よい陽光が差し込み、緑色のソファにマデリンとイオンが、テーブルをはさんだ向かいの一人掛けソファにはベリンダとシモンが、それぞれ向かい合って座った。

 暫くは紅茶とクッキーをお供に他愛もない会話が続いたが、どうしてもシモンの存在があの日を思い出させ、話は自然とアンドロイドの話になってしまう。それでもマデリンは快く受けてくれた。


「連絡が気取られてしまったのは何故だと思いますか」

「わからない……通信を傍受できる機能も無いし、盗聴も無い筈だから。だからあたしにも不可解で」

 シモンは小さなノートに証言を書き込みつつ返す。

「やはり誰か人の手による補助か助言が無ければ気付く事は無い」

「ええ」

「ではもう一つお伺いしたいのですが、何かAIに指向性をつけたりはしましたか」

「シモン!」

 ベリンダが咎めるように声を遮る。

「いいよベリンダ。ちゃんと答える」

 マデリンは眉間に皺を寄せながらも笑って答えた。


「お互いの関係について、私が母である事」

「そして、アダムさんとベリンダが敵であるという事も?」

 シモンは更に踏み込んだ問いをし、突然の事にベリンダが驚いた様子でその腕を掴んだ。

「シモン、お前いい加減に――」

「腫れ物に触るような扱いは止めて!!」


 叫んだのはマデリンだった。

 急に声を荒らげたからか、大きく息をつきながらソファへ座り直す。

「あたしは『可哀想な女』じゃない。正直に聞きたいんなら聞けばいいじゃない。お見舞いだとか何とか言って、本題はそれなんでしょ」

「マデリン」

 今度はイオンがマデリンを諫める。しかしマデリンは興奮冷めやらぬ様子で、すっかり目を丸くしているベリンダを見据える。


「ええそう。お察しの通り、あんた達夫婦を敵だって吹き込んだのはあたし。兵器を組み込んだのだって、あんた達を消すつもりだったから」


 想定していた。とはいえ、思わぬ答えだった。シモンは動揺するベリンダの肩に手を添えた。


「あんたが羨ましかった。小さい頃からずっと。昔からそう。いつも親達から可愛い可愛いってちやほやされて、なのに当然みたいな顔して。男の子達から言い寄られて困るだなんて図々しい自慢話までしてさ。

 見てくれがいいのは得だよね。挙句には子どもも産めない、育てた事も無い女の癖に皇太子に愛されて」

「やめるんだ」

 イオンの静止も最早マデリンの耳には入っていない様子で、立ち上がったマデリンは更に大きな声で続ける。


「でもあたしはあんたと違って子どもが居る。国に貢献してる。惨めな女なんかじゃない!

 それに比べて子孫すら残せない欠陥品の王族なんて、何の生産性があるわけ?生きてる意味があるの?居ない方がマシじゃない?違う?」

「マデリン!やめろ!」


 傾きかけた日が、部屋を淡いオレンジ色に照らしている。リビングの温かいランプが存在感を増す中、それでもなおベリンダの顔は見た事も無いほど蒼白だった。

「ベリンダ様」

 Wが転がり落ちるようにして召喚され、ベリンダの傍に寄りそう。それに従うように、シモンもベリンダの震える肩を抱いた。このままではまずい。


「すまないシモン。あとは俺に任せて」

「ああ」

 同様にマデリンを宥めるイオンへ短く別れを告げ、シモンはベリンダを連れて家を出た。カメラマンの動きが見えたがこの際もうどうでもいい。家の前に止めていた車を動かし、一路、アダムとベリンダの家へと向かった。



「ベリンダ!」

 アダムは玄関まで出迎えに来ていた。二人の家は以前シモンが缶詰にされていた高層ビル内の別宅に移っており、白を基調とした生活感の無い部屋がどことなく懐かしく感じられた。

 聞いた話だと、政府高官のみが利用する高級住宅地なのだという。

「W、容体は」

「あまり……。お薬は先ほど手配したので、もうすぐ――あっ、届きましたね。こちらの用法容量をよく守って飲んで、どうか今日は、ゆっくりお二人で過ごされてください。お願いします」

 通信用バケットに届いた薬を抱えながら、Wはアダムとベリンダに付き従う。ベリンダは相変わらず無言で、顔にも唇にも血の気が無い。


「今日はぼくはこちらへ残ります。ベリンダ様が心配なので」

「ああ。そうしてやってくれ」

 シモンは二つ返事で了承した。


「シモン、君はカウンズホールのマナーズ家へ泊ってくれないか」

「私が?」


 思わぬ提案にシモンもまた目を丸くする。

「もし何かあった時に、一人でも今回の件について詳しく話せる人間が欲しいんだ。君に頼むのも申し訳ないのだが」

「わかりました。通信もすぐ受けられるようにしておきます」


 マナーズ家、というと少し郊外のあたりに屋敷があった筈だが。本当にあの屋敷へ?訝しみながら歩くシモンの背にアダムの声が追ってくる。


「スチュアート卿には私から話しておいた。今日はゲストルームに泊まってくれとの事だ」

「ええ。では、また」



 あれだけ目立つ外見だ。ベリンダも自分が何を思われているのかくらい察して生きてきただろう。だが親友にまで勝手に内心を勘繰られ、妬まれていると思いたくなかったであろう事は、察するに余りある。


 眉目秀麗、容姿端麗、様々に言われる外見だが、そういった「美」が全てプラスに働くわけではない。嫉妬や勝手な憶測を生み、被害に遭い、声すら封殺される。

 シモンが伊達眼鏡をかけているのは無用な好意を持たれない為でもある。ベリンダの言動が荒いのも、勝手な好意を向けられる迷惑を被ってきたからだろうとは薄々感じてはいた。それを「自慢話」と解釈されるというのも中々ショックだろう。


 今回の酷い暴言に加えて偏見まで暴露されたのだ。果たして一日やそこらで立ち直れるのかは疑問だ。

 聞かなければよかったのだろうか。いや、恐らく何れ明るみにはなっただろう。仕方がないとは思いつつも、シモンは何ともやり切れない思いだった。

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