第19話 蠢く人影

 駆け付けたイオンからのメッセージによると、命に別状は無いとの事だった。

 何でも、向精神薬の過剰摂取だそうで、ベリンダが心配していた通りマデリンのストレスは限界だったのだろう。落ち着いたら聞きたい事もあったのだが、この分ではそれも暫く難しそうだ。


 ベリンダはメッセージを送るかどうか悩んでいたが、とうとうそれも送らなかった。幼馴染にしては薄情かと一瞬思ったシモンだったが、ベリンダの置かれた立場やマデリンの今の立場を考えると、その方が良さそうではあった。


「そっとしておくのも療養の一つですので」

 と、Wも付け加えた。



 療養と言えばもう一人。

 事件から数日後のある日、シモンはカフェでばったりとダグラスに出くわした。


「まだピトス・メカニカ本社に用事があってさ」

 そう言ってダグラスは苦々しく笑った。

 いつものカウンター席にて。ダグラスにはまだどこか疲れた様子こそあるが、一見した風だと以前のような明るさが戻っているように思われた。

「他の技師に任せられないのか?」

「こればっかりはね。ロボットの構造に明るいのは僕かベリンダさんしかいないから」


 チョコレートシロップ入りのラテを一口飲んで、ダグラスは一息つく。

「不可解なんだよね。何度シミュレーションしてみても、アダムさんとベリンダさんを敵だと認定する結論に辿り着かない。勿論、僕の組み立てが間違っているのかもしれないけど」


 マデリンに聴きたいのはこの件だった。

 当初「俺とアダムを危険因子だとはじき出すのはわかりきってる」と言っていたベリンダも、シミュレーションで何かわかったのか、それ以来この件については何も言わなくなってしまった。

 元々、この件に言及した時もどこか納得はいっていないようでもあった。


「マデリンが故意にそう設定した可能性もある?」

「んー……。そう思いたくは無いんだけどね」

 眉根を寄せながらダグラスは首をひねる。

「誰がしたかは不明だけど、人間が『そう認定するよう』組み込まないと無理だと思う。どれだけアダムさんやベリンダさんに関するマイナス情報を入れても、国家の敵とはならないんだもん」


「ちなみに、シミュレーションすると何を敵認定するんだ」

 何気なくシモンが問うと、ダグラスは更に難しい表情を浮かべて上体ごと横に倒す。

「国王陛下。次点で首相なんだよね」


「王がアダムさんを貶めようとする可能性は?」

「ええ……」

 あからさまに引いた様子でダグラスは返答に窮しているようだった。

「状況的には無理だけど、可能性はある。かなー」

 答えたのはイーディスだった。


「二人は不仲なのか」

 既にベリンダから聞いていた話ではあるが、世間の評判を知りたい。シモンは素知らぬ顔をして問うた。

「そんな噂は聞かないなあ。でも今の国の顔って、王様よりアダムさんって感じでしょ」

「ああ」

「一国民として見ている限りは、敏腕な皇太子と、息子に全幅の信頼を置いている国王。って関係性に見えるんだけど、実情がどうかまではわかんないもんね」

 イーディスはおどけた様子で肩をすくめる。

 まさしくその通りで、国王についてはさして報じられない反面、アダムについては連日のようにその動向についてが報道されている。新聞から雑誌やTVまで引っ張りだこで、その人気の高さは嫌でも窺える。


「ま、仮に不仲だったとして。王様は機械技術に明るいわけじゃないし、マデリンさんと面識あるわけでもないっしょ。だから物理的に無い線だよね。あ、今行きまーす!」

 新たに客が訪れ、イーディスはそちらへ行ってしまった。



「物理的に無いわけでも無いんだよねえ」

 手を温めるように両手でカップを持ったまま、ダグラスが誰に言うでもなく呟く。

「と、言うと?」

「ピルズベリー顧問が陛下と懇意なんだよ。頼まれて、そこからマデリンさんに降りてきて、なんて線も無いわけじゃない」

 無いと思うけどね。と、付け足しつつダグラスは再びカップを口に運んだ。


「もしその線があるのならマデリンは口封じされてもおかしくないわけだからな」

「そ」

 短く返事をした瞬間、何か思い出した様子でダグラスは眉を歪める。

「口封じって言うと……それこそ僕が昨日の今日で召集されたのこそ口封じかと思っちゃったよ」



 からくも本社から逃げ果せた翌日、王宮への潜入で再び指名されてしまった件だ。

 確かに万全を期すなら技師が必要と判断するのも当然だっただろうが、結果からすると寧ろダグラスが行かなくて良かったと言えた。


「アンドロイドの開発には直接関わったわけじゃないけど、包摂するロボットの構造やそのAIのシミュレーションがすぐ出来るのは僕とベリンダさんくらいだから。

 もしマデリンさんと僕が王宮で亡き者にされてしまってたら、この件を検証できるのはベリンダさんしか居ないもんね。疑惑の渦中にある人が、AIは故意に思考に指向性を与えられていたと言ったとして、誰も信じてくれなさそうだし」


 シモンは眼鏡のブリッジを指で押し上げつつ、顎を手で支えて考え込んだ。どうもこの件は、探れば探るほど奥で蠢く人間の影が見える。

「シモンさん大活躍だったってね。潜入のつもりがアンドロイド全滅なんて、後で聞いてびっくりしたよ」

「成り行きでね」

「軽く言うなあヒーロー」

 ダグラスは茶化しながら肘でシモンを突く。


「待てよ。シモンさんがとんでもない火力の持ち主だったから何とかなっただけで、その実力について上層部が知っているわけじゃなかった。ってことは、シモンさんやイオンさんもあの場で亡き者にされていた可能性だって――」

 シモンは頷く。

「完全に安全ってわけでも無い。恐らく目立った手出しをされる可能性は低いと見えるが、ダグラスもある程度気を付けておいて損は無いと思う。

 だからもし本社に行く時は俺を呼んでくれ。ロボット兵は全て停止している筈だが、事故に見せかけた何かが起こるかもしれない。少なくとも、一人で行かない方がいい」


 ごくり。生唾を飲み下しながらダグラスはゆっくり頷いた。

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