第18話 召喚の真相
「ヘルマオン計画の発案者はアダムだ。新しい居住惑星を宇宙に求めるように、別次元を求めた。案は閣僚間でも全会一致で賛同され、こうして進んでいるに至る。ただいっこ、引っ掛かる点もあったわけよ」
ベリンダは一旦立ち上がり、椅子をシモンの向かいまで引っ張ってきて座り直した。
「王も文句なしで賛同した事だ。
お前は知らねーと思うけど、王とアダムはあんま仲良くねえ。俺も正直義父とはいえ好きじゃねえ。好々爺に見えるだろうが、裏でやってる事は疑惑だらけでね。その王が諸手ってところが引っ掛かったわけ。
加えて、必要な事業とはいえ先住民が別次元に居た場合、戦争になる可能性だってある。だからそうならないよう、出方を窺いながら慎重に進めよう、って俺とアダムだけで決めた
一方からの召喚に留めていたのも、それで。既知の魔導式を、ゆっくり『発見』していくためにね」
丁度言葉の途切れるタイミングで、カフェへ使いにやっていたWが戻ってきた。Wは無言で、シモンの前にホットコーヒー、ベリンダの前にカフェオレをそっと置いた。
ベリンダは温かいカフェオレを一口飲んで、再び口を開く。
「稀代の天才、だが、世継ぎを産めない欠陥品」
突然の暴力的な言葉に、シモンもさすがに驚いた。ベリンダの横に浮かんでいるWは承知の事らしく、どこか悲しげな様子で俯いていた。
「俺、不妊体質なのよ。
一応医師でもあるんでね。自分の体質については知っていたし、アダムもそれを承知で結婚した。
ところが世間はそうも行かねーもんで。もう古臭い価値観も随分無くなってきたとはいえ、一部からはそんなバッシングもされてたわけ。だからあんまメディアに顔出したくなくて。お前が見たファッション誌は今時の穏当な記事だったけどな」
「……すまない」
「いーよいーよ。揶揄は後付けされたもんだし、俺が天才なのは事実だしね」
だから「稀代の天才」という言葉に不快げだったのか。シモンは謝るが、ベリンダは首を横に振って明後日の方向へ視線をやった。
「まあそれでさ。想定外の流産なんかもあって俺も俺なりに参っちまって。ふと考えちゃったわけよ。どこかの次元に『神』とかいうのが本当に存在するなら、子どもを産める体にして貰えねーのかなって」
「まさか」
ふとフィービーの姿が脳裏を掠める。まさか、ベリンダが召喚したのかと。
ところがベリンダはふきだして苦笑いを浮かべ、こちらに向き直った。
「そのまさか。でも気付いたアダムに止められて、召喚されたのがお前だったってわけ」
シモンは安堵のため息を漏らし、Wも同様だった。
「一方通行なのはわかってたからな。だからほんとは呼びかけるだけの実験だった。でも俺は既に召喚をプログラムに組み込んでいて、止めるのに間に合わず『誰か』にするしかなかった。直前の変更で装置はオーバーヒートして壊れてさ。
でも、お前で良かったよ」
「俺で良かったなほんとに」
聞いているこっちの方がひやひやする。そんな事を思いながらシモンは頷く。
「出来れば『帰還』の魔導式を『発見』するまでもう数年持たせたかったが、お前っていう犠牲が出た以上仕方ねえ、少し待ってもらってから帰そうと思ってた。
けどまあ、お前が兵士として有能すぎた事と、これは結果論だけど、次元移動の魔導式知ってるって事なら当初の計画もブレずに済む」
シモンはソファに深くかけ直し、漸くコーヒーカップを口に運んだ。ベリンダはその様子を見つめながら、所在無さげに両手の指を突き合わせる。
「もし『神』とやらを呼び出してたら奇しくもアンドロイドどもが言っていたとおりになる可能性もあったわけだし。お前とアダムには感謝しなきゃな。それとWも」
「?」
「あの頃一番稼働させてただろ」
想定外の事にWは背中の排熱口を開きつつ、照れた様子で頭をかく素振りをする。
「ありがとうございます!お役に立てていたらよかったです」
「そういえばいいのか。メンタルケアの方は」
「いーよこのままで。その件のわだかまりについてもこないだアダムとちゃんと話したし。またなんかあったら余計な事するだろ、Wの方から」
「いえっ。その。あわわ」
意地悪い視線を向けられてWは弁明するかのように手をばたばたさせる。
「それより今気になるのはマデリンなんだよな」
ぽつりとベリンダがこぼす。
ドグマを故意に入れなかったという事は事実で、処分が決まった後も連日のようにメディアで騒がれ、表に出られない状態だという。生活に支障を来すほどで、イオンはそのために長期休暇を申請しようかと悩んでいた。
今日の新聞でもまた何か書かれていたか。ふと思い出したシモンは腕のデバイスを起動させて何気なくディスプレイを空中に投影する。
ロボットの開発と倫理について、ロボット兵についても触れられているため、余波はアダムやベリンダにも少なからず波及しているだろう。
ページを繰っていると新着情報が表示され、その文字にベリンダも思わず腰を浮かせた。
≪イングラム技師、救急搬送 自殺企図か≫
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