隠された意図 -Hidden Intentions-
第17話 稀代の天才
アンドロイドとの抗争が終わった。
マデリンは別部署へ異動の上、半年の謹慎処分となった。また、最高責任者であるノアも副社長から顧問へ退いた。
現状、ロボットに関する法律などは存在しないため、ピトス社のアンドロイド開発自体が何らかの罪に問われる事はない。ただ、大規模な被害を出したため、その補償をする事にはなるだろう。
当然アンドロイド達は破棄される事となり、部署自体も閉鎖された。ただ、ドグマを入れ忘れたという件の解明のため、シモンは密かにケテルら三体のメモリーを抜き取っていた。
ポータルは「謎の装置」とされた上で、カウンズホールにある軍の科学技術研究所倉庫へ送られた。
次元移動の魔導式自体が知られていないのだ。「謎の装置」としてしまえば、関係者以外にその実態はわからない。
問題はカレルとリュシーだが、カレルは角を隠すなどして外見を人と相違ないよう変え、リュシー共々「首都に取り残され、巻き込まれた旅行者」という事にされた。
シモンと同じく軍の監視下に置かれる事となり、カレルは不承不承、リュシーは自身も軍について探るため、これを承諾した。
反乱鎮圧に編成された軍とセキュリティフォースの共同部隊は一部が残り、引き揚げ作業に取り掛かる事となった。
不発弾や各所に配備した機材の回収が主な任務だが、広範囲に渡るため時間はかかりそうだ。
王宮は損害が酷く、国王ハロルドは依然カウンズホールに隣接するグレイセットという都市の城へ留まっている。元々シーモア公爵家発祥の地であり、夏の避暑地として使われてきた。
首都機能が回復するまで、こちらの帰還もまだ時間がかかるだろう。
ばたばたと事が進んでいく、そんなある日、シモンは基地内にあるベリンダの研究室に呼ばれた。
「あのポータルだけどさ。完璧な模倣品だ」
相変わらず散らかったデスクの前で、ベリンダはディスプレイに向かったままシモンに目もくれず何事か操作を続ける。
デスクの向かいにあるソファには投げ出したであろうベリンダのコートがかかっている。シモンはコートを踏まないよう避けつつ、黙ってソファに腰かけた。
「ポータルは作るのに一年かかった。作るだけで一年。アンドロイドの反乱はここ三か月以内の話だろ。仮にマデリンが魔導式を知っていたとして、作る事は不可能なわけだ」
そのマデリンはポータルについて本当に何も知らず、旧知のベリンダから見てもその言に嘘はないとの事だった。
マデリンが疑われていたのもあくまで優秀な技師であり、可能性のある唯一の人間だからというだけの話で、その専門は次元移動にかすりもしていない。
「一体誰が?何のために?しかもあの巨大な装置を」
独り言のように言いながらベリンダは渋面を作る。
「ダアト」
シモンもまた、独り言のように呟く。
「はあ?」
「ダアトだよ。ケテルが最後に言い残したんだ。
アンドロイド達は『生命の樹』から命名されているだろう。だがダアトだけは資料に無かった。
単純に造らなかったんだと思ったんだが、ケテルの言い方を考えると実在していそうだった。そしてもし機体が存在するのなら、ポータルの模倣品の件に関与している可能性がある」
「――!」
「何か思い当たるふしが?」
「大した事じゃねえと思ってたんだけど。資料には一部削除の痕跡があった。それがダアトのデータの可能性があるにはある……。
だとしたら機体はどこだ?何故王宮に居なかった?そもそも何故実験が知られた?模倣品を作って運ぶ機能は?ねえだろフツー」
謎は深まるばかりで、ベリンダは自問自答しながら苛立った様子で頭を抱える。
「これで何かわからないか」
シモンは立ち上がりながら懐を探り、保管用ケースに入れたメモリーチップをベリンダに差し出した。
「何これ」
「ケテル、ホド、コクマーのメモリだ」
受け取りつつ、ベリンダは訝し気にシモンを見る。
「何で今まで渡さなかった。てっきり破壊されたって」
「自然とお前と二人きりで話し込む機会が無かったから」
ベリンダは無言でシモンを見つめ、シモンは再びソファへ戻った。
「俺が召喚された事故を起こした実験、ヘルマオン計画って呼ばれているんだってな」
「どこで聞いた」
ベリンダの視線が鋭くなる。
「王宮でケテルがそう言っていた。アダムさんとお前がクーデターを起こした上で、別次元への侵略を企てているんだと。
曰く、だからあのポータルを『奪取』し、異次元の人間へ助けを求めたそうだ」
ベリンダはデスクに肘をつき、口元に手を押し当てたまま宙を見つめて考え込んでいるようだった。
シモンは続ける。
「馬鹿馬鹿しい妄想だと思ったが、アンドロイドにそんな機能は無いだろう。秘匿された計画についても、名前まで予測で導き出せるような情報でもない。人間の誰かに吹き込まれたと考えるのが自然だ。
その人間の誰かがダアトと組んでいる可能性が高いと、俺は思う」
「アダムと俺が本当に侵略を企てている可能性は考えねーのかよ」
「無い」
「根拠は」
「お前はもう魔導式を知っている」
きっぱりとしたシモンの一言に、ベリンダは息を飲んだ。
「証拠はWだ」
そう言ってシモンはWを展開し、一部始終を聞いていたWはどこかおどおどとした様子で所在無げにしている。
「俺が王宮の玉座の間から降下した時に追いかけて来る事が出来た。王宮周辺は特定高度の飛行魔法が禁じられているにも関わらずだ。
高度計算はWが乗っている魔法陣など魔力場からの距離ではなく、あくまで物質的な面、地表からの距離になる。にも拘わらずWは落ちる事なく俺と同じに飛び続け、地表に打ち付けられもしなかった。
次元移動と空間制御の魔導式を知らなければ、こんな機能は組み込めない」
「お前、やっぱ」
「次元移動の魔導式を知っているし、いつでも元の世界へ帰れる。聞かれた時も嘘は言ってない」
お互いにまるで尋問しあうかのような形で、そしてお互い押し黙り、渦中のWはおろおろと二人を見比べている。
シモンはじっとベリンダを見つめ、ベリンダは椅子に背をもたせたまま正面のシモンを見つめる。
「稀代の天才」
沈黙を破ったシモンの声に、ベリンダは目を閉じる。聞き飽きたであろうその名称に不愉快そうでもあった。
「そう呼ばれてたんだってな。イーディスから聞いたよ」
「まーね」
ベリンダは疲れた様子で投げやりに返した。
「そのお前が、既に理論も確立している魔導式の基礎を一方通行の召喚だけしか組み込まなかった。という事は仮に侵略の計画があったとして、お前にその気がさらさらないと考えていい」
ベリンダはむっつりと押し黙っていたが、やがて口を尖らせる。
「厳密に言や一方通行じゃねえ」
「?」
「音声だけならこっちから別次元に送れる。アンドロイドどもが呼んだ異世界人から聞いてねーの。『声に呼ばれた』って」
「呼びかけたとは確かに言っていたな」
「ハ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~めんどくせえ」
盛大なため息をつきながら、ベリンダは椅子から半分その身をずり落ちさせる。両手で顔を覆って天を仰ぎ、やがてだらしなく腕を下げた。
「わーったよ。信じてくれた礼と、そのご立派な見識に免じて教えてやる。
誰にも言うなよ」
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