第16話 反乱の終焉
窓が壊された事もあって玉座の間には冬の冷気が入り込み始めていた。まだ日はあるが傾きかけ、徐々に雲も立ち込めている。
アンドロイド達をどうしようかとシモンが振り返った。するとケテルの姿は窓の傍にあった。
「アダムとベリンダに支配される世界を見るくらいなら私は死を選ぶ」
ケテルは不敵な笑みを浮かべ、窓から身を投げた。飛行機能は無く、魔法も使えない。地上200mを超える高さだ。幾ら頑丈な合金で出来ていると言っても無事では済むまい、とは思われた。
「姉さん!!」
「ケテル!」
ホドが悲痛な声を上げて窓へ駆け寄る。コクマーの伸ばした手は一歩届かず、ケテルの姿は窓の外へ消えた。
その様子を遠目に見ながら、イオンは複雑な表情を浮かべる。姪の姿をしたアンドロイドが、自分の姿をしたアンドロイドの姉というのもおかしな話だ。
何も知らない人間から見れば悲劇の場面だろうが、イオンにとっては奇妙な光景でしかなかった。
「ぼくにはよくわかりません」
ふう。と珍しくWがため息をつく。
「自発的な倫理観も無いのにその計算と予測を確信し、人間を扇動しようとまでするなんて。自分を機械だと認識できない不幸には、同情はします。
だけどちょっと疲れちゃいました。あまりにも価値観が違うので」
Wはそう言って項垂れる。先ほど腑抜けた返事をしていたのはそのせいだったのだろう。
アンドロイド達をこのまま放置しておけばまた何をするかわからない。
しかし魔導炉を停止させようにも、大人しく停止させてくれる筈も無く、物理的に魔導炉を破壊するほかない。ホドとコクマーとは否応なしに再戦する事となった。
「軍の犬め……やはりお前達は野蛮だ」
誘導弾が通用しないとわかってか、コクマーは接近しての肉弾戦を挑んできた。体格はシモンより少し小さいくらいだが、何分全身が金属だ。しかも速い。
対機械用の剣はおろか、魔導銃を構える暇も与えられない。空間制御魔法を使えばその速度に追い付く事も出来るのだが、今はイオンに見られたく無い。
サバイバルナイフなら何とかなるだろうか。
そう思った刹那、目の前のコクマーの胸部、丁度魔導炉のあたりに風穴があいた。
見覚えのある魔力を乗せた腕、カレルだ。
「手伝ったぞ」
コクマーの背後のカレルは得意げに言って腕を引き抜き、コクマーはバチバチと音を立てながら前のめりに倒れ、停止した。
「終わりました」
そう言って、リュシーも長剣を納めながら涼しい顔でこちらへ戻ってきた。先ほどまでホドの喚き声が聞こえていたが、その魔導炉も停止させられたらしい。
「昔の自分とそっくりな何かがこうなると……なんとも」
声まで似せられていた事もあって耳をふさいでいたイオンはそう言いつつ、かなり損壊したホドから目をそらした。
涙に似せたオイルとわかっていても苦痛に歪んだ顔は直視し辛く、しかも停止後だと更に機械である事がよりわかりやすく、不気味でもあった。
ここまで人間に近づけられると、「人類」というものの価値、その生命の尊さまでもを軽んじる意識が加速しそうに思われる。
やはり人を模したアンドロイドを作るべきではないと、イオンは改めて感じていた。
ロボット兵達の制御装置はあっさり見つかったため、一旦エントランスホールへ全機集めて停止させた。想像以上に凶悪な改造が施されており、一々戦っていたらかなり骨が折れただろう。
「さて」
そう言って、シモンはケテルが飛び降りた窓から身を躍らせた。
「シモンさん?!?!?!」
Wが悲鳴を上げて猛スピードで追いかける。イオンらも驚愕して窓に駆け寄るが、何せこの高さだ、何もわからない。
そう。何も見えないであろう事を利用し、シモンは空間制御の応用で滑空した。思ったとおり、未発見の魔導式の制限はされていなかった。
やがて地表が見え、ケテルの機体が視認できた。シモンの予想通り、損壊こそしているが、動き始めていた。
シモンは落下エネルギーを軽減しながら対ロボット用のサバイバルナイフを抜き、着地と同時にケテルの心臓部、魔導炉へ体重を乗せて突き立てた。
「えっ!」
遅れてやってきたWが驚いた声を上げる。
電気の爆ぜる音をさせながら、ケテルの機体がガタガタと不気味に蠢く。
「逃げ延びるつもりだったな」
シモンは立ち上がって離れると、無表情でケテルの目を、カメラで出来たそれを見る。
「イヤダ……シニタクナイ……」
ケテルの声はノイズ交じりで、まさに機械のそれになりつつある。
「ぼくら機械に『死』の概念などありません」
Wは何時になく静かな口調だった。
「そうやって人間のふりをして、人の良心を傷つけ惑わすのは卑怯です」
「ヒ……キョウ……」
「人間と思いこまされて作り出され、そしてドグマも入れて貰えなかった。それについては同情します。
でも、あなたのやってきた事は、人を扇動して傲慢に振舞い、挙句限りある生命を奪うという、ロボットとして一番してはいけない事でした。
だからいつか。いつか、人の似姿ではない本当のロボットとして作り直され、人と共存できる未来を願います」
「……ダアト……ネエ……サ……」
そう言い残して、疑似涙のオイルを流しながら、ケテルは完全に機能を停止した。
『シモン!生きてるなら応答しろ!』
「こちらシモン。無事だ」
先ほどから聞こえていたイオンからの通信に、シモンは漸く応答した。
インカムの向こうからは盛大なため息が聞こえる。
「ケテルは壊れていない。それで追ったんだ。魔導炉を停止させたから今から戻る」
『……わかった』
イオンの声はどことなく呆れた風もあった。
「何か言いたい事があるんじゃないのか」
『もうお前のバカ魔力について考えるのも疲れたから、今はいい』
そう言って通信は切れた。
「運べるか」
「はい」
「エントランスまで結構距離あるな……」
シモンはげんなりした表情を浮かべつつ歩き始めた。Wは浮遊魔法でケテルを浮かせ、シモンの後をついていった。
いつの間にか低く垂れこめた空一面の雲から、雪がちらつき始めた。それはまるで、一旦の終局を祝福するようにも、憐れむかのようにも見えた。
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