第15話 ヘルマオン計画
「歓迎するよ、我が家族の仇の諸君」
最上階、だだっ広い玉座の間に幼い声が響いた。
逆光でやや見辛いが、玉座には一人の少女型アンドロイド、ケテルが座り、その両脇を固めるようにしてコクマーとホドの姿があった。
ホドはまさしくイオンを幼くしたらこうなるであろう姿形、コクマーは金髪の中年から初老あたりの男性の姿をしていた。そして玉座に座るケテルはブラウンの髪の毛に薄い褐色の肌という外見だ。
「メルセデス……」
イオンが愕然とした面持ちで呟く。
メルセデスとはマデリンの長女の名だ。ケテルは、それを模していた。
ホドもコクマーもケテルも、揃って良家の子女とその父、と言った風な服装をしている。特にケテルは、落ち着いた黒と赤の豪奢なドレスを身に着けている事から、マデリンにとって特別である事がよくわかった。
マデリンとその元夫、ラッセルの間には三人の子どもが居る。
長男のセシルと次女のビクトリアは父であるラッセルに引き取られて今も存命だが、メルセデスは幼くして重い病にかかり、亡くなった。
その死が夫婦間に決定的な溝を生んだらしく、二人は離婚したという。
既に倒されたアンドロイドの中には、セシルとビクトリアを模した機体もあったそうだ。
失った家族と懐かしい人々の再現。
ピトス社内部で機体の情報を知ったイオンはマデリンと口論になった。人間への冒涜だと。イオンは資料が見つかる前から、機体の外見と由来は知っていたのだ。
その後姉弟の関係はややぎくしゃくし、あまり連絡も取らなくなったという事だった。
そんな話を、出立前に漸くイオンが聞かせてくれた。
「私はケテル。マデリンはもう『母』でも何でもない」
冷たく言い放ち、ケテルはゆっくりと立ち上がる。
「我々を裏切って密かに通信を続け、我ら家族を殺害する側へ与した。立派な犯罪者、そして侵略者の一人というわけだ」
「犯罪者だと?!」
向かって行こうとするイオンを、シモンは腕を掴んで止めた。だが、腹が立つのも当然だろう。亡くした筈の姪の姿を借り、マデリンの手を経て生み出されていながら、その製作者を「犯罪者」そして「侵略者」とは。
「その様子では、軍の計画を知らないな。そしてこのポータルの事もわからない」
ケテルは無機質な目を細めて笑う。
ケテルの示した先には「ポータル」の名の通り、丸い門のような、巨大な装置があった。
シモンがこの世界へやってきた時、大破していた筈の、あの機械だ。
「作戦名、ヘルマオン計画。
ウルテリオル軍は、いや、アダムと狂気の科学者ベリンダはクーデターを起こしたのち、別次元への扉を開き、侵略しようとしているのだよ」
イオンは驚愕の表情で、ただただケテルと装置を見比べる事しか出来ない。
無表情のまま、ケテルは続けた。
「だから我々は逆にこの装置を奪取し、異次元へ救世主を求めた。そして呼びかけに答えてくれたのが、カレルとリュシーだったというわけだ」
言葉と共に、後ろから人の気配がした。シモンが振り返ると昨日見たばかりのカレル、そして、年若い女、リュシーの姿があった。
リュシーは二十代あたりと言ったところだろうか。長い亜麻色の髪に黒いリボンで両目を隠し、白いドレスに身を包んでいる。見るからに魔法使いと言った風だが、手には抜き身の長剣が握られている。
「ベリンダによって電波ジャックを止められてしまい、国民に知らしめられないのが残念だが、いずれ理解されるだろう。我々の新人類としての権利と共に」
「話の真偽はさておき、ロボット兵にしろポータルにしろ、問題視している割に悪用しているのはお前達の方だろう」
「何?」
ケテルの声を無視したままシモンはWと共にカレル達の方へ歩み寄る。
「W、資料を出してくれ」
「ふぁい」
若干腑抜けた返事をしながら、Wはアンドロイドの資料を展開してカレル達へ見せる。そこには、モデルとなった人々の写真も添付されていた。
「シモン後ろ!」
イオンの声に振り返ると、コクマーが誘導弾を、ホドが氷魔法をシモンとWに向けて放っていた。
やはり自分達についての詳細を知られたくはないらしい。イオンが魔法で迎撃しようとするが、追い付かない。
あわや、という瞬間
「W!」
「はい!」
Wは即座に盾を展開し、イオンの前に張る。
盾を張るならお前だろう!そう言いたげなイオンを横目で見ながら、シモンは振り向きざまに前方へ手を伸べる。
瞬時に生み出された巨大な青い炎の壁が誘導弾を溶かし、その風圧で爆風をも跳ね返す。跳ね返された爆風はそのままアンドロイド達を襲い、玉座後ろのガラス窓まで破壊する。氷魔法は悲しいかな、壁の圧倒的な火力の前にかき消された。
一瞬の出来事だった。炎の壁もやがて消えたが、頑丈そうな天井と床に穴が空きかけ、まだ溶岩のように延焼している。そして熱風のせいで、玉座の間の気温が一気に上昇した。
「イオン、悪いが冷却頼む」
「……何なんだその火力」
イオンは呆気に取られつつ氷魔法で天井と床を冷却し、シモンはケテルらを一瞥する。
「話し合いの前に黙らせるのが『新人類』とやらの礼儀か?」
「カレル!その男の言う事を真に受けるな!セキュリティフォース、今は軍の犬だぞ!」
ケテルが叫ぶが、この不意打ちにはカレルとリュシーもさすがに戸惑っている様子だ。
「誘導弾が溶けたのを見ただろう。脅すような事は趣味じゃないが、その気になれば俺はお前達を一瞬で溶かせる。溶かされたくないのなら、黙ってくれ」
耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。
アンドロイド達はドグマが無いと同時に、「自分達は感情と生命のある人類だ」と信じ込む思考パターンを埋め込まれている。これほどの脅威を見せつけられた今、保身で何も言えなくなるのは当然かもしれない。
シモンは再びカレル達へ向き直った。
「というわけで、改めて資料を見て欲しい。ホドが幼少期のイオンの姿形の模倣であるように、アンドロイド達は全員、実在する人間を模したコピー人形だ。
強大な兵器も、人間のように思える思考パターンも含めてマデリンが作り上げたもので、単一で存在する生物じゃない。それでもまだ、味方できるのか」
資料を見ながら、カレルもリュシーも一様に押し黙る。
「あんた達の居た元の世界にゴーレムは居なかったか。それと同じだ」
短いため息をついたのはリュシーだった。
「そうですか。自発的な魔力を感じていたのも」
「術者にあたる開発者、マデリンの与えた機械の心臓、魔導炉によるものだ」
「では、別世界への侵略については」
「調べてみない事には真偽もわからない。せめて俺が調べるまでアンドロイドの言う事を鵜呑みにするのは待ってくれないか。まだ疑惑しかない時点でこの世界の住人と争うのは得策じゃないだろう。俺は賛成できない」
「そうですね……」
そう言って、リュシーは漸く納刀した。
「私は元々さして忙しくない――長命の民です。食事もあまり必要としません。あなたの調査を待ちたいと思います」
「馬鹿馬鹿しい。私は帰る」
カレルは完全に臍を曲げていた。
「ところがこのポータルとやら、一方通行らしい」
「何?!」
カレルの大声に顔を顰めつつも、イオンに聞こえないようシモンは声を潜める。
「俺も元々は別次元から召喚された人間だ。その時、開発した人間達がそう言っていた。だが俺は次元移動の魔法を使える。あんたを送り返す事は可能だ」
「ならすぐ送り返せ」
「断る」
「何だと?!」
「折角だから人間の社会見学をしていけよ。それと、俺にいきなり戦闘吹っ掛けてきた仕返しだ」
シモンは口の端を緩めながらニヤニヤ笑い、カレルは怒り心頭の様子だったが、どうにもならないと理解してそっぽ向いた。
「真面目な話、あんたの世話になるかもしれないしな」
「フン」
「まだこれも真偽が定かじゃないが、脅威があるのは確かだ」
カレルが視線だけをちらっとこちらへ向けた。
「人助けしてくれる気があるなら手伝ってくれ」
「ああもう勝手にしろ!」
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