第14話 再会の罠

「もう一つ気がかりな事がある」

 出立前、装備を整えながらイオンが独り言のように呟いた。


「お前が遭遇したカレルと名乗る異様な風体の人間、攻撃魔法が掠っただけの手袋があれだ。火力が尋常じゃない」

「ああ」

「それに今首都の出入りは管理されているのに記録にもない。一体どうして?」

「わからん」

 シモンは昨日散々質問攻めにされたとおりに答える事しかできない。


「わからんが、二度と遭遇したくはないね」

 コートの前ボタンをしっかり留めつつシモンはぼやく。

「同感」



 次元移動の魔導式については、その研究自体が秘匿されている。まして軍の計画についてなど漏らすわけにもいかず。アダムなどの関係者からは「マデリンが確立させたのでは」と見られているが、実際の所それも不明だ。

 フィービーも「マデリンが」と言い切っていたが、まだフィービー自身も彼女の体を狙っているという「虚無」以外の事はあやふやだ。


 本来であれば軍もそのあたりを早急に解明させたい、何なら今回の作戦でマデリンに直接聞きたい所だろうがそうもいかない。ただ、シモンは一つ質問で事足りそうだとは思っていた。




 王宮まで警戒しながらの長い道のりを経たものの、いざ王宮へ入ると不気味なほどあっさりと三十階へ辿り着いた。各所の警備システムへの変更も無い。

 そして一切ロボット兵やアンドロイドも、懸念していた別次元の人間も居なかった。更には、三十階通路にも。

 王宮は地上五十階、一フロアの広さもかなりある。マデリンも四六時中監視されているわけではないため、残る三体のアンドロイドや二人の異世界人に出くわす可能性が低いと言えば低い。

 しかし。


「どう思う」

「誘導されたな」


 シモンは短く答えるとマデリンの居る部屋のドアを開け、二人は素早く中へ入った。

 恐らくこういう警戒行動も最早意味がないとわかっていながらも。




「イオン!」


 広い室内では、まるで来る事がわかっていたかのようにマデリンが出迎えた。そうして二人は再会を喜び、ただ無言で固く抱き合った。


 マデリン・イングラム。

 年はベリンダと同級、イオンと同じ褐色の肌に黒髪を長く伸ばし、ヘーゼルの瞳は涙に潤んでいる。中肉中背、室内も綺麗に整えられており、見る限り健康状態は悪くなさそうだ。

 詳しい病名は聞く事が憚られたが、神経系の持病で、十数年前長女を出産した際に発症したらしい。それ以来薬が手放せないという。


「これを」

 イオンは数か月分の薬と弱い向精神薬を手渡し、受け取りながらマデリンは思い出したかのように目を見開く。



「有難う、でも早く逃げて!ケテルはあなた達が来るのを知ってる!」



「でしょうね」

 シモンは無感動に答えた。


「連中が何を企んでいるかわかりませんが、ここまでずっと誘導されていた。恐らく、ここからも」

 シモンはそう言いながらイオンを一瞥し、イオンも無言で頷いた。


「自己紹介が遅れました。イオンと同じセキュリティフォースのシモンと言います。シモン・ド・ロタリンギア」

「私はマデリン、アンドロイド研究チーム主任――もう知ってるでしょうけど。マデリン・イングラム」

 二人は軽く握手するが、本来なら悠長に挨拶している場合でもない状況なためか、マデリンは未だそわそわと落ち着きがない。


 そのタイミングでシモンの横に浮かんでいた魔法陣から漸くWも姿を現した。任務が任務だけに、今まで魔法陣の中に隠れていた。

「こっちはナビロボです。お構いなく」

 少し驚いているマデリンにシモンはWを手で示し、Wは黙ったままぺこりとお辞儀をした。


「恐らく外に出た後何かしらコンタクトがあるでしょう。どこでかはわかりませんが。それについて情報は?」

 マデリンは小さく首を横に振る。


「ケテル達はもう私に何か話したりしないからわからない。

 開発当初は私の子ども同然だった……でもやっぱり機械は機械、意思疎通なんてできない。こんな事なら、もっと早くに壊していれば。イオン、あなたのいう事を聞いていたら」

「マデリン」

 イオンは悔やむマデリンを止めようとその肩に手を添えた。


「もう一つ。カレルという人間を知っていますか。どうやらアンドロイドに与している」

「ええ。あの魔族とかいう男」

「魔族?!」

 思わず声を上げたのはイオンだった。


「ケテルが何かの装置を作動させて、そこからやってきたと言っていた。異様な見た目で、自分を魔族だと言って。私がわかるのはこれくらい。もう一人王宮内に人間が居るのは知っているけど、そっちの名前や姿までは」


「十分です。有難う」

「マデリン、どうか無事で」


 シモンは短く別れを告げ、イオンもまたそれに続いた。「魔族」という、イオンにとってはおとぎ話上の存在を示す単語に混乱しながらも。



 注意深く外へ出たが、相変わらず通路には人の気配も機械の気配も無いように思われた。が。

 シモンは来た方向とは逆に歩き始める。

「シモン、逆だ」

「裏口方面はロボット兵が塞いでいます。ぼくらロボットの動力源、魔導炉の固有反応があります」

 と、Wが代わりに答える。


「お二人がマデリンさんのお部屋に入った時から周囲に配備されました。監視カメラは全て切ってきた筈ですが、どこからか見られるなりして行動を把握されています。

 アンドロイドにここまでの広域探知能力はありません。なので、たぶん、その例の人間に見張られているんだと思います」


「ロボットどもの居ない場所は?」

「この先、最上階へのエレベーターホールしかありません」


「最悪だ……王宮で飛行魔法は使えないぞ」

 イオンは臍を噛む。王宮周辺には強力な結界が張られており、飛行魔法がほぼ禁止されている。だからこその裏ルートであり、今回の作戦だったのだ。


「だが行くしかない。大丈夫だとは言えないが、手が無いわけじゃない」

 嫌な予感がしながらも、シモンは走り続けた。

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