第13話 アダムとベリンダ

 作戦の決行は明日の昼に決まった。

 暗闇でもはっきり人間を視認できるアンドロイド相手に夜は逆に不利だ。ただ、先日奪取した資料を信じるのなら、残る三体にもWほど高性能な生命反応センサーは内蔵されていない。であれば外壁を伝う裏ルートで日光を頼りに出来、恐らくマデリンも意識がはっきりしているであろう時間帯に限る。


 現王宮は王朝が代わった際に新たに造られ、数世紀前に建造された旧王宮の前を遮るような最先端の高層ビルになっている。

 提示された裏ルートは、外壁に沿った階段とエレベーターを使うルートで、王宮が襲撃された際に王が脱出したのも同じだ。


 マデリンが囚われているのは三十階にある来賓用の部屋だと言う。エレベーターが使えれば、あとは階段で五階分上がるだけで済む。

 隠し扉も生命体の魔力無しには開かないため、アンドロイドが入る事は出来ない。発見されて破壊されていたとしたら外部から視認できるが、今の所その様子も無い。



 万一の可能性は、マデリンが脅されて扉を開き、ロボット兵などが配置されている場合だ。それでも通路は広いと言えず、大型のロボット兵は不利になるだろう。

 そして最悪の可能性は、そこにアンドロイドが居る事だ。



「広範囲爆発攻撃機能のあるケテル、誘導弾装備のコクマー、この二体が居る可能性は高いと言えない。居るとしたら小型で単純な魔法攻撃タイプのホドだ」

 会議室に残ってブリーフィングを行う中、テーブルに広げられた資料をグレゴリーが指さす。

「早速か」

「だろうと思ってね」

 苦笑いするイオンにシモンは肩をすくめてみせる。


「自信ありげだが、勝算は?」

 グレゴリーは顔を上げてシモンに目をやる。

「魔法さえイオンが相殺してくれれば」

「奴の顔を見ないように努力します」


「奴さんがお前を『母』マデリンの血縁だって認識してくれりゃ話し合いできそうだがな」

 グレゴリーはおどけた風に首を傾げる。

 血縁だろうが軍と協働しているセキュリティフォースの人間だ。アンドロイド同士を「家族」と認識しているアンドロイドにとっての「仇」を見逃してくれるとは思えない。

 シモンもイオンも、二人揃ってため息まじりの笑いを漏らした。



 寝るまでにルートと敵の情報を頭に叩き込む事。そこまでを確認して三人は解散した。

 会議室を出るとふと、前から歩いてくるベリンダの姿が見えた。方向からすると、どうやら司令室へ向かっているようである。表情は浮かず、シモンにも気付いていない。



「シモンさん。ぼくを球体に戻してベリンダ様のポケットに放り込んでくれませんか」


 横に漂っていたWが不意に耳打ちをした。

「会議室の一件から様子が気になるんです。元メンタルケアシステムとして」

 シモンは小さく頷き、Wを球体に戻して何食わぬ顔でベリンダへ話しかけた。



「大丈夫か?」

「……」

 ベリンダは目をそらしたまま答えない。

「俺達の事なら心配しなくていい」

「そうじゃねえ」


 事も無げな言い草だったが、信頼の証と受け取っておく事にした。ベリンダの様子からして、やはりWが懸念しているとおり普通ではない。

 シモンはわかった、と言う風に片手を軽く上げて会話を切り上げた。




『さっきはすまなかった』


 個室へ戻った途端、インカムから男の声が聞こえてきた。アダムの声だ。どうやらWが聞いている音声を流しているらしい。


『お前の意思も尊重したい。だがそれ以上に、お前や兵士の命も』

『わかってる』


 どこか不貞腐れたベリンダの声がした。

 プライバシーが云々と言っていた割にこの会話を自分に聞かせて大丈夫なのか。シモンは一瞬眉根を寄せるが、それだけ危機感があるのだろう、Wなりに。


『作戦で皇太子妃が死んだとなればあなたの評判も地に落ちる』

『ベル……』


 アダムの声は縋るようだった。声しかわからないが、ベリンダがただ拗ねてアダムに当たっている事はよくわかった。暫く沈黙が続き、かすれたようなベリンダの声がした。


『……ごめん』

『いいんだ』


 声と共にガサガサと雑音が聞こえる。衣擦れのようだ。


『もう一つ頼みを聞いてくれるかな』

 アダムの声は先ほどよりかなり近く感じられた。ベリンダと間近で接触している事は容易にわかる。

『今日は私と一緒に家へ帰ってくれ。もう一週間、基地に泊まり込みだろう』


『さみしい?』

『ああ、とてもね』


 くぐもったベリンダの声は涙声だった。そしてそれきり、音声は途切れた。



 シモンは個室から出てそしらぬ顔でカフェへ向かう。イーディスとの会話もそこそこに、デカフェのカフェオレを飲んでいると、連れだって歩くアダムとベリンダの姿が目に入った。ベリンダにも笑顔が戻り、二人は穏やかに何事か語り合っている。方向的にはリニア駅か駐車場に向かっているようだ。


「あっ。やっと帰るんだ先輩」

 安堵した様子でイーディスが呟く。

「基地に詰めてるもんだと思ったが」

「あたしもそうだけど技官は当直以外皆家に帰るよ。ずっと泊まり込み用の部屋に籠ってたから気になってたんだよね」

 イーディスはそう言いながら笑顔で二人を目で追い、見送る。


「ただいまです~~」

 Wがふわふわと戻ってきた。出もしない汗を拭うように、手で頭のあたりを撫でる。戻っている。という事は。

「バレちゃいました。てへ!」


 W曰く、あの会話が途切れた時には安心して、そしてプライバシーに配慮してW自ら音声を流すのをやめたそうだ。

 が、暫くしてアダムにバレたらしい。アダムがベリンダを抱きしめていて、ポケットに手が触れたのだとかなんとか。

 ベリンダからは散々しぼられたが、アダムは笑っただけだったそうだ。


「たぶん、基地でもあまり眠れていなかったんじゃないでしょうか。簡易的に脳波を測定しただけですが、そんな感じからの情緒不安定さでした。今は安定しましたし、今晩ぐっすり眠れればまた段々戻っていくと思います」

「案外神経質なんだな」

 シモンの軽口にイーディスが目を丸くする。

「繊細だよー!先輩パッと見大雑把そうだけど、研究とか、対人とか、滅茶苦茶気使ってるもん」

「はい。かなり繊細ですね」

 シモンの横の椅子に座ったWはうんうんと頷く。


「シモンさんも、飲み終わったらすぐ寝た方がいいですよ。明日は正念場ですからね!」

「まあな」

「緊張感無いなー」

 イーディスは呆れつつも笑いながら頬杖をつく。


 誰にも口にしてはいないが、フィービーからの情報を一番懸念している。異次元からの人間二人だ。

 隠し扉が見つかっていた場合、会敵の可能性があるのはカレルともう一人である方が高いと見積もっている。

 できれば説得出来ないものかと思いつつ、シモンはぼんやりとアダムとベリンダの去っていった方を見つめた。

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