第12話 混迷の議場
「マデリンの持病の薬が尽きかけている」
会議室に集まった一同を前に、ノアは開口一番そう言った。
場に僅かなどよめきが起こる。シモンら第6分隊の隊員達は一様に無表情だったが、唯一、イオンだけが不安げな表情を浮かべた。
「王宮には生活設備こそあるが、彼女の持病の薬の在庫はない。最悪、アンドロイドへ命じて首都内の薬局から持ち出せるかもしれないが、そうすると多少なりと施設に損害を与えてしまう。
加えて今のマデリンの精神状態は非常に不安定だ。自分の作ったアンドロイドによって、何名かの死者が出ている事への罪悪感も強い。更に施設へ損害を与えたとあらば、その事実がどう作用するかわからない。
そこで今は救出できずとも、せめて薬を届けて貰いたい」
今度はわずかに兵士達の間でどよめきが起こる。
残るアンドロイドは3体。しかしそのアンドロイドによって更に改造の施されたロボット兵が王宮を固めている。
また誰かの犠牲が出るより、施設への損害の方がましなのではないか。そんな思いも錯綜した。
「今回は潜入ミッションとなる。そのため、前回と同じく君達分隊だけを召集した」
ノアの言葉を継いだスチュアートの表情は硬い。
前回と同じ。
その言葉が嫌でも重く圧し掛かる。
「第6分隊の5名、そしてダグラス・アリタ技官」
思わぬ名前が呼ばれた。その本人は議場におらず、代わりに主治医のヴァレリアに目が向けられた。
「許可しません。彼はまだ日常生活も難しい状態なのに、そんな危険な作戦に同行なんてさせられません」
ヴァレリアは毅然とした態度で返した。
ヴァレリア・マナーズ。透き通る白髪と浅黒い肌、そして黒曜石のような瞳が印象的な品のある初老の婦人だ。名前の通り、スチュアートの妻でもある。
元々は国立病院の内科医なのだが、今回の反乱によって基地に設けられた医務室へ臨時で勤務している。
「だが道中の認証システムなどの操作にどうしても技師が居る。そして出来る事なら、マデリンの知人がいい」
スチュアートは申し訳なさそうに眉を歪める。
静まり返る中、シモンの隣で落ち着かない様子だったイオンが口を開こうとした。その瞬間、軍側の席からの声が響く。
「俺が行く」
大きなどよめきと共に、声の主へ一斉に視線が向かう。注目を浴びながらも声の主、ベリンダは険しい表情を変えない。
「王宮の内情にも俺が一番詳しい。マデリンとは幼馴染でピトス社時代も一緒だったし、俺の右に出る技師も居ねえだろ」
「しかしベリンダ」
「アデン君――いや、ベリンダ妃、あなたのような立場で行かれるとかえって皆が困る」
スチュアートは困惑し、ノアもさすがに驚いた様子で頑なな表情のベリンダを説得する。
「私は許可しない」
言い淀むノアの声をかき消すようにアダムが言い、ゆっくりとベリンダの傍へ歩み寄る。
今回は王宮への潜入という事もあり、アダムも臨席していた。
アダムを前にして僅かにベリンダは視線をそらした。
「お前が行くと逆に隊の重荷になる」
「ならダグラスはいいってわけ」
「お前の立場と兵士達の心理の問題だ。王宮の裏口からの見取り図は私が用意した。だが万が一という事もある。そうなった時確実にお前の存在が枷になり、兵士達が危険に晒される」
「私だって戦闘経験くらい」
「これは長官命令だ」
はっきりと言い切られて、ベリンダは不快げに目を閉じる。夫婦であると同時に上司と部下、加えて上下関係の厳しい軍である。何も言い返せず、ベリンダはそれきり黙ってしまった。
「私が行きます。いえ、私だけで充分です」
何とも言えない空気の中、イオンがよく通る声で言った。
「私は一応技師です。何よりマデリンの弟、家族なんです。それに潜入なら人数は少なければ少ないほどいいでしょう」
「しかし」
ノアは困惑した表情で返すが、言葉が続かない。確かに合理的だが、万が一の可能性はどこまでも付きまとう。
「私も行きます」
そんな中、シモンは一人手を挙げた。イオンもさすがに驚いた様子でこちらを見る。
「院は出ていませんが私も技師でした。イオンは魔導兵、私は強襲歩兵でバランスもとれている。万一があってもイオン一人なら私で守れます」
衆目の集まる中シモンは宣言し、分隊の仲間へも目を向ける。
「ニール、クリストファー、ロイド、君らの事は信頼している。でも今回はこの方がいいんだ」
呼びかけられた三人のうちニールは少し戸惑った表情を浮かべたが、やがて強く頷いた。
「わかった。お前に賭けるよ」
「勝手に話を進めてすみません。命がかかっていますので、出来ればご許可を頂きたく」
シモンは再び上座へ振り返る。と、
「承知した。俺は許可する」
両手を腰に当て、ため息交じりに言ったのはグレゴリーだった。
「お前は前回の戦功に、今朝の戦果まであるからな。
いかがですか長官。スチュアート司令、そしてノア副社長。新兵ながらアンドロイド一体を一人で倒した男ですよ」
スチュアートとノアはやや戸惑ったままだったが、アダムは頷いた。
「許可しよう。だが必ず生還するように」
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