第11話 火のロタリンギア

 さすがに襲撃の件を報告しないわけにもいかない。

 基地へ戻って早々、シモンはスチュアートにカレルとの遭遇、交戦の件を報告した。


 炎を吸収した件については言及をせず、勿論カレルが魔族であるという見解も示さず、端的に分析した戦闘力と容姿についてだけを伝えた。スチュアートはさておき、臨席している他の軍やピトス社の関係者に自分が異世界の人間だとばらすわけにもいかず。

 あくまでこの国の住人としての演技に加え、慎重に慎重を重ねただけに疲れ果て、個室へ戻るなりシモンはベッドに倒れこんだ。


「シモンさん、ご飯ですよー」

 カフェへ使いにやっていたWが戻ってきた。コーヒーの良い香りが部屋に満たされ、シモンはのっそり起き上がる。

 文化が発達しているからか、この世界のコーヒーは酸味と甘みの調和がとれていて、どの豆もとても美味い。恐らく栽培環境から違うのだろうが、帰還の際は苗を拝借したいと密かに考えている。

 Wはサンドイッチとホットコーヒーの入ったトレーをテーブルに置くとすぐにシモンの傍へ飛んできた。


「どうでした?手袋の件、誤魔化せましたか?」

「何とか」

 そう言いつつ、シモンは真新しい手袋をつけた手をひらひらさせて見せた。炎を吸収した際、右手手袋は手のひら部分から盛大に燃え尽きて小さな布切れになってしまっていた。

 火耐性のある装備だったとはいえ、限度がある。まともに食らえば最悪服が全て焼けてしまう可能性があったため、手のひら部分に集めていた。その結果がこれだ。

「掠った、で信じて貰えたよ」

 シモンは椅子に腰かけ、まずはコーヒーを一口啜った。


「でもシモンさん、何でその能力をずっと隠していたんですか?」

「人体実験されたくないんでね。されなかったとして、過信されても困る」



 火のロタリンギア。


 シモンの故国はそう呼ばれていた。

 ロタリンギアの民は一見すると普通の人間にしか見えないが、火を受け付けず、吸収すらする特異な性質がある。また、魔力や集中なしに火を生み出す事も可能だ。

 しかし総じて温厚な性質を持っている事もあり、戦火に見舞われる事もなく、また、他国を侵略する事もなく、平和に暮らしていた。


 しかしある時、生命を奪う瘴気を伴う謎の暗黒に国土が覆われ、生き延びた民達は争いの止まない別次元へ去らざるを得なかった。

 暫くは王国の再建も模索されていたが、別次元の世界で国土を収奪するわけにもいかず、民はその後素性を隠し、各地へ散っていった。シモンも、その一人だった。

 なので実を言うと、別次元で暮らす事にも元々慣れていた。


 ベリンダへ話した時は驚かれたが、曰く「ファンタジー系の話好きだし、魔族とやらが来た以上、もうドラゴンやら魔物やらの存在もお前の性質も信じるわ」との事だった。

 来た当初、勝手に解析されていた一件を考えると人体実験されてしまう可能性も若干恐れていたが、ベリンダには毛頭そのつもりも無いようだった。



「お前のご主人、次元移動の件についてもあまりその辺探ろうとしないな」

「今は緊急事態ですから。それに」

 そう言いつつWもテーブル傍へ寄ってくる


「数式は解けた時が一番楽しい。魔導式の発見も同じだ、って。ベリンダ様、よく仰っていましたから。簡単に答えだけ教えられても楽しくないんじゃないでしょうか」

「それは同感」

「シモンさんも、機械の仕組みについて図面よこせとか言いませんもんね」

 ローストチキンのサンドイッチを頬張りつつシモンは頷く。


「機械技術はさすがに学ばなきゃどうもならんが、手っ取り早くお前を解体するより、一から理論を勉強する方が楽しい」

「びえ」

「しないって言ってるだろう」



 距離をとったWだったが、ふと何か思い出した様子で手を合わせた。

「そういえば15時から――もうすぐですね。ピトス・メカニカのピルズベリーさんがいらっしゃるそうですよ」

「ピルズベリー……ノア・ピルズベリーか」

「はい」


 ノアはピトス社の副社長で、軍と共同のロボット兵開発、そしてアンドロイドに関する案件に携わっている。実質最高責任者と言っていいだろう。

 面談の時に一度だけ会った事があるが、理知的で温和な人物だった。年は五十代後半だろうか、ブラウンの髪の毛に薄い緑の目をした紳士で、雰囲気がどことなくスチュアートに似ている。

 現在はカウンズホールにあるピトス社の支社を拠点としており、今も軍と密接に意見交換をしている。


 囚われているマデリンが、アンドロイドの目を盗んで救援信号を送っているのも彼にあててで、恐らく何かそれに関する来訪だと思われた。



「良い情報だといいんだがな」

 望み薄の希望を口にしつつ、シモンはコーヒーを飲み下した。

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