アオイくん
帰還
陛下はウサギ先生をひとしきり抱きしめたあとで、「何があったのだ」と先生と僕に尋ねてきた。
そして、僕たちが何か言う前に、なぜか僕の方にジッと目を向けてくる。でも、僕を見ているようで僕を見てないような居心地の悪さだ。スキャンされているみたいな変な感じ。
「……ギフトの識別番号がヨージと一緒……複製か? いや、チェックデジットが異なる……」
そして、陛下はどんどんと険しい顔になっていく。
「お前たち、秩序を乱したのか?」
「違うんです! ウサギ先生は僕を助……」
「俺が勝手にやったことだ! アオイは関係な……」
怒られると思った僕とウサギ先生が交互に事情を話そうとすると、陛下は僕たちを制した。
「いや、お前たちに怒っているのではない」
陛下は立ち上がると、そう言い残してパリッと静電気とともに消えた。
***
「陛下が怒ってるの初めて見た……」
「俺も」
「私もよ」
「ボクも」
僕がオロオロしていると、みんなも呆然としているようだった。
「ってか、どういうこと!? 全然わかんないんだけど!」
「え~、ネコさん遅れてるぅ。ボクはわかっちゃったよ。泣くほど、ウサギ君のお菓子が不味かったんでしょお?」
「どうして、アレ見てそういう解釈になるのよ……」
「俺もそれは違うと思う」
みんなの会話を聞いて、ウサギ先生も決まりが悪そうだった。
「……えっと……」
ウサギ先生と僕がみんなにおずおずと事情を説明し始めると、途中途中でパンサーさんが「まぁ!」といって口元を抑えたり、ネコさんが「ひどいッ!」と泣き始めたり、シロクマさんが「え? どういうこと?」とそれぞれリアクションを交えながら聞いてくれる。
そんな中、ウルフさんだけは、黙って最後まで聞いてくれた。やっぱり、カッコイイ!
「……なので記憶を失くしてましたが、俺は洋司です」
その言葉で四人ともウサギ先生に飛びかかり、先生を抱きしめた。その絵だけ見ると、兎に飛びかかる肉食動物達だったので、僕は申し訳ないけど少し笑ってしまう。
「じゃあ、アオイのお陰で思い出したのね」
パンサーさんが涙を拭いながらそう言うと、シロクマさんが「アオイく~ん」と言いながら、今度は僕に飛びかかってきた。ネコさんはまだワンワン泣いている(猫だけど)。
それから、ウルフさんは「よくやったな」と渋い良い声で褒めてくれた。カッコイイ!!
「でも陛下、どこ行っちゃったんだろうね」
結局みんなで振り出しに戻って途方に暮れる。
しばらくして、シロクマさんが「とりあえず、せっかくアオイくんが準備したお菓子たくさんあるんだし、みんなで食べて待ってようよ~」と提案してくれたので、みんな思い思いの菓子を取っては食べ始めた。
みんなで勝手に立食パーティーをしていると、また静電気と共に陛下は帰ってきた。今はもう怒った顔はしていなかったので、僕は安堵する。
「待たせた。ヨージ、こちらへ」
陛下に呼ばれて、ウサギ先生はお皿をテーブルに置くと、見てわかるくらい緊張しながら陛下の元に近寄る。
そして、陛下はウサギ先生の頭に手をかざした。ウサギ先生の身体が光り始める。虹色の光る物体となった後で、グニョグニョとそれは形を変え始めた。
最後に、人の形になると、発光が収まっていく。
「ヨージ、そなたの
ウサギ先生は手をグーパーしたり、少し斜め上を見たりしてから(たぶん先生の
……それにしても、ウサギ先生……本当は身長高かったんだ。
あとわりとイケメン……。なんかズルい。
ウサギさんの姿のままの方が可愛くて良かった、などと僕は少し不貞腐れる。
そんなことを僕が考えているなんて知る由もないウサギ先生は、僕に握手を求めてきた。
「アオイ、本当にありがとう」
「ウサギ先生こそ、ありがとうございました」
握手を固くかわすと、ウサギ先生は大きな手で僕の頭をわしわしッと撫でてくれた。もう生徒として卒業かなと思うと、少し寂しく感じる。
「アオイ、私からも礼を言う。帰還する前に何か褒美を出そう。遠慮なく言うが良い」
何か心境の変化があったのか、陛下は一人称を「私」と変えていた。でも初めて会った時よりもずっとずっと親しみやすかった。それにしても褒美。褒美なぁ。
「……あ! ウサギ先生に習ったお菓子のことをメモにして持って帰りたいです!」
陛下は「そんなもので良いのか?」と首を傾げた。それでも、僕が頷くと、少しまた僕のことをスキャンするように見た。
「いま、お主の
やったー! 嬉しいなぁ。
「アオイよ、まだここに滞在することも、すぐに帰る手配をすることもできる。どうしたい?」
あんなに帰るために頑張っていたのに、本当に帰れるとなると急に名残惜しい。
でもウサギ先生と陛下を見ていたら、言える時に言う、会える時に会うのって大事だなと思った。それにまた何か起きて帰れなくなっちゃうのも怖いし、帰れるときに帰ろう。
僕は、「すぐに帰る」選択をした。みんなにお別れを言う。
「アオイくん、ボクの家にまた来てくれる約束が叶うの待ってるからね!」
「うん!」
でも次、遊びに来るときは、普通に来たいなぁ……と僕は苦笑いする。
「ちゃんと毎日下着替えなよ」
「それは誤解だよ!!」
僕は慌ててネコさんに訂正した。
「今度来るまでに、ネコを教育し直しておくわ……」
僕とネコさんのやりとりを見て、パンサーさんがため息をつく。
最後にウルフさんが僕の頭を撫でてくれた。ちょっと爪が怖いけど、肉球がフワフワで柔らかい。
「またアップルパイ作りに来てくれ。俺はアップルパイ専用のリンゴを品種改良して待っているからな」
ウルフさん、最後までカッコイイ!!
「アオイ、最後にお願い事してもいいか」
ウサギ先生に別れの挨拶をすると、頼み事を託された。僕は頷く。
「では、そろそろ良いか?」
陛下にそう言われ、僕は「はい」と彼女に向き直る。
「うむ。次こそは、普通に来られるように取り図ろう」
彼女がフッと笑うので、僕までつられて笑ってしまった。
いつかまたこの世界にくることがあるその日まで、僕もウサギ先生みたく僕だけのギフトを貰えるように一生懸命に頑張ろう。
「あ! ちょっとだけ待ってください!
僕は慌てて、
〔 何か御用ですか? 〕
〔 謝辞の意図がわかりかねます 〕
〔 ……。……アオイ、私も楽しかったです 〕
〔 ありがとう。そして、どうかお元気で 〕
うん! また絶対会おうね!
最後の挨拶を終えて、陛下にもう一度頷いて「大丈夫です」と伝える。
陛下は大きく息を吸い込むと、今までの優しい顔から毅然とした表情に一瞬で変化させて、こう宣言してくれた。
「一ノ瀬葵、改めて謝意を表する。此度の件、大儀であった」
――
―――……
――――……ピピピピ…………。
いつの間にかお菓子作りの途中で寝ていたのか、僕は食卓に突っ伏していた。キッチンタイマーの音がする。
「あッ! ガトーショコラ確認しなきゃ!」
オーブンに入れたガトーショコラのことを思い出して、慌てて台所に向かう。竹串でケーキ生地を刺してみると、もうちゃんと焼けているようだった。
僕はオーブンからガトーショコラを出すと、ケーキ型ごとケーキクーラーの上に置いて粗熱をとる。そこで、ふと不思議な気分になった。
あれ? なんだっけ。まぁいいか。僕は粗熱が取れるまで、食卓に戻って座ると、愛用しているお菓子のレシピ本をパラパラとめくる。
そこで、今まで気にしたこともなかった『著者紹介』に目が留まった。
〔 著者紹介 〕
宇佐木 洋司(うさぎ ようじ)
一九六一年生まれ。創業六十年の老舗洋菓子店『ボンボン・ラパン』の菓子職人。
脳内にあの世界の出来事が一気に蘇る。
そっか。だから僕まで呼ばれちゃったんだね、ウサギ先生!
そして、そのページに挟まった『パータ・ブリゼ』と『パータ・シュー』のメモと手紙を見つけて、
「ありがとう。ウサギ先生、
と呟いた。
***********
次のエピソードで最終話です。是非このままお楽しみください。
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