エピローグ

2019年3月14日(最終話)

 二〇一九年三月十四日の放課後。


 オレの名前は、宇佐木うさぎ大我たいが。卒業間近の中学三年生だ。


 名前を見てわかるだろうが、ウサギ(兎)なのか、タイガー(虎)なのか、めちゃくちゃイジられる。


 母からは名前に関して「いや~、マタニティハイだったしぃ?」と軽く言われた。


 確かに、オレが生まれた時は「宇佐木」姓に戻るなんて考えてなかったんだろう。


 母は若くして結婚して、オレを産んで、そんで離婚した。


 まぁ、オレとしてはこの店の五代目菓子職人パティシエを襲名(?)予定だし、「宇佐木」姓で良かったけど。


「大我もめっちゃ、なついてるしぃ。再婚するね」


 十歳の時に、普通に「父親」だと思い込んでいた人が、実は本当の父親じゃなかったことを母から軽く報告されて知る。


 結構ショックだったけど、親父は、婿養子とかいうやつになったらしくて、オレの名字は今回の結婚では「宇佐木」のまま変わらないと知って、ホッとした。


 なぜなら、オレは、じいちゃんが大好きで、目標だったから。「じいちゃん」って言うには、めちゃくちゃ若いし背も高くてカッコいいし、なにより作る菓子が超ウマい!


 だから『ボンボン・ラパン』を絶対に継ぎたいし、名字は「宇佐木」じゃないと嫌だった。




 そんな大好きなじいちゃんが、先月死んだ。


 見通しの悪い道路を歩いていて、心臓発作で倒れたところを車に轢かれた。


 でも、じいちゃんは菓子職人の根性で、翌日のバレンタインデーが終わって店を閉めた母親が病院に行くまで待っていてくれた。


 親父が何度も「店はいいから」って母に言っても、母は頑として店から動かなかった。「バレンタインデーの稼ぎ時に、店放り出した方が怒って、とっととあっちに行っちゃうわよ」そう毅然と言い切った母だったけど、病院でワンワン泣いた。


 オレもワンワン泣いた。オレは、じいちゃんが大好きだった。




 今日はホワイトデーでそこそこ客がいるけど、大抵の男性は事前にクッキーとか焼き菓子を買っていくから、当日は仕事終わりの時間に慌てて買いに来るお父さん連中が来るまでは意外とそこまで忙しくはない。


 学校から帰ってきて、店内スタッフの制服に着替える。


 以前は、店内に食事するスペースはなかったが、今は改築して店内にイートインスペースができたので、レジの仕事だけでなく、ホールの仕事も増えた。


 でも、イートインスペースは、近所のおばさま達や近くの学校の生徒達が立ち寄ってくれていて、好評なのでやりがいがある。


 カランカラン。


 扉の鈴が鳴ると、二人の学生が手をつないで入ってきた。来月からオレも通う予定の近所の公立高校の生徒だった。


 はいはい。クソリア充、乙。


「葵君は、どれにする?」

「うーん。そうだなぁ。ショートケーキにしようかな」

「じゃあ、私はガトーショコラにしよ」


 彼女めちゃくちゃ可愛いのに、男の方クッソ冴えねぇな。年下のオレより背も低いし。


 ま、オレがじいちゃんに似て同世代に比べて背が高いんだけどね。まだまだこれから伸びるだろうし、周りからは、じいちゃんに瓜二つって言われるし、渋くてカッコよくなる予定だし!


「お持ち帰りですか? 店内ご利用ですか?」

「あ、店内で。飲み物はアールグレイで。葵君は?」

「じゃあ、僕はアッサムのミルクティーで」

「お会計は一緒でお願いします」


 ん? 会計、彼女持ちなの? なんだ、コイツ。こんな無害そうな顔して、実は超やり手のヒモ男なのか。


 そんなオレの考えが伝わってしまったのか、男子学生は財布を出して「自分の分は出すよ」と彼女に言っている。


「いいの! これはバレンタインデーのお返しなんだから!」


 ああ、逆チョコ的なね。結局、彼女が押し切って会計を済ませた。


「お席までお持ちしますので、好きなお席でお待ちください」


 自由席なことを告げると、二人はイートインスペースへ向かった。


 他のスタッフとレジを代わって、小さなポットに紅茶の準備をし、ケーキを皿に盛る。トレーにそれらを載せて、彼らの席まで運んだ。


「お待たせしました。紅茶は二杯分くらいは入ってるので」


 そう言い終わって、レジに戻ろうとすると、なぜか彼はオレの顔をマジマジと見てきた。


「どうかされましたか?」


「あ、すいません。ジロジロ見ちゃって。あまりにウサギ先生に似てたので、ビックリして」


 宇佐木先生? じいちゃん、料理教室なんてやっていたっけ?


「祖父のお知り合いですか?」


 そう聞くと、彼は頷いた。個人的に菓子作りを習ったことがあるらしい。


 じいちゃん、そんなことしていたんだ。オレにはそんなに教えてくれなかったのに。なんかズルイ。


「あ、そうだ。ウサギ先生から預かってるものがあって、今日は帰りにお店の方にお預けして帰ろうと思ってたんです」


 そう言うと、彼はスクールバッグから封筒を取り出した。


「直接お孫さんに渡せてよかった」


 オレは少し困惑しつつ手紙を受け取って、彼らのテーブルを離れた。




 封筒のあて名は、母と親父とオレの連名だ。レジのスタッフに「ちょっとトイレ」と耳打ちして、急いでバックヤードに入る。


 両親と一緒に見ようかと思ったけど、どうしても中身をすぐに見たい気持ちに勝てなかった。


 封を開けて、便箋を取り出す。便箋には見慣れたじいちゃんの字で短く文章が綴られていた。


〔 俺は楽しく、こちらでやっているので、心配するな。

 店のこと頼んだぞ。夫婦仲良くな。もう離婚するなよ。

 それと、大我。お前は才能あるから頑張れ! 〕


 なんだ、これ。


 オレが握りしめて号泣したせいで、手紙は結構ぐちゃぐちゃになってしまった。


 なんとか涙を止めると、洗面所で顔を洗って店に戻る。酷い顔をしていたせいか、スタッフからは長く席を外したことよりも、体調不良と食中毒を心配された。


 大丈夫だからと告げる。


 例の二人は、楽しそうにケーキを食べながら会話をしていた。


 手紙をどうして彼が預かったのか気にはなったけど、じいちゃんは昔からちょっと「心ここにあらず」な状態になっていることがあった。


 もしかして、流行りのアニメみたく異世界で第二の人生を歩んでいたりするのかもしれない。


 でも「じいちゃん異世界行っても何も変わらず菓子作ってそう」って考えたら笑ってしまった。



 二人の会話が聞こえてくる。


「ねぇ、葵君。そろそろ、私のこと『田所さん』じゃなくて名前で呼んでよ」


「ええ……。でも田所さん、自分でも自分の名前恥ずかしいって言ってたじゃん……」


「そりゃ、ちょっとキラキラネームだし……。でも好きな人には呼んでもらいたいもん」


 とっとと呼んでやれよ。オレは二人の会話にウンザリしながら、レジで別の客の相手をする。


「わかりました……。わかりましたから、ちょっと待ってね。結構、緊張するな……」


 男子学生は大きく息を吸ってから、彼女の名前を口に出した。


「……乃流のるん……さん」


 マジでマカロンに砂糖まぶしたような会話だ。「末永くお幸せに」と思いながら、オレは今日も洋菓子店でバイトに励む。



 いつか、じいちゃんみたいなスゲー菓子職人パティシエになろう。絶対。うん。


 見てろよ、じいちゃん!


 オレだけの『ウサギのお菓子ボンボン・ラパン』を作ってやる!



(了)



***********

このような長編作品の読了、誠にありがとうございました。

(製菓演出協力/H.S氏)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショコラティエ・クエスト ~女神様がガトーショコラを食べたいからって異世界に召喚されてしまいました(涙)~ 笹 慎 / 唐茄子かぼちゃ @sasa_makoto_2022

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ