女神様③
ウサギ先生とのお話を終えて、一緒に会場である大広間に向かう。
そこでは、すでにお菓子パーティーの準備が始まっていた。ネコさんは大きな長テーブルに素敵なクロスをかけて、ウルフさんは大きなフラワーアレンジメントをいくつも飾っている。
「あ~! ようやく来た」
ネコさんがテーブルの方へ僕を手招きする。ウサギ先生と一緒にテーブルへ寄ると、出力するお菓子の打ち合わせを三人でした。
僕はウサギ先生のカッコいいお菓子を中心に出力して、テーブルレイアウトを整える。
「んー。なんかヨージのお菓子ばっかりで、つまんなくない? アオイのプリンとスフレパンケーキ、私好きなんだけど」
「俺もアオイのアップルパイ食べたいな」
お花の飾り付けが終わったウルフさんもテーブルに来てくれる。
「ボクもアオイの牛乳アイス食べたいデスッ!」
魔法の輪っかから突如登場したシロクマさんは、今日は少しくすんだ薄い紫色の『I♡COLD』Tシャツを着ていた。
「このTシャツはネコさんの最新作デスッ! なんと! アオイ色なのです!」
「将軍、そういうのは恥ずかしいから内緒にしろし……」
ネコさんがシロクマさんの脛を蹴っ飛ばし、彼は「アイダッ!」と悲鳴をあげた。
「ホラホラ、アンタたち喧嘩しないの」
会場に着いたパンサーさんが二人の間に割って入ると、シロクマさんはパンサーさんの後ろに隠れて「暴力反対デス!」と訴える。
僕はみんなの想いが温かくて嬉しくて、少し泣きそう。
パーティーの準備が終わり、主役である陛下の登場をみんなで待つ。僕は胸がドキドキして張り裂けそうだ。
ウサギ先生が壇上へ向かうと、薄いレースのカーテンが左右に開き、真っ赤なドレスを着た普通サイズの陛下が現れる。何度見ても映画の中の女優さんみたいにビックリするほどキレイで現実味がない。
陛下はウサギ先生にエスコートされて、階段を降りてきた。そして、陛下のために準備されたテーブル席に座る。みんなで一生懸命に準備した長テーブルのお菓子たちをチラッと見ることもなくて、少しだけ悲しい。
「陛下、まずはどの菓子にいたしましょうか」
執事モードのウサギ先生は、うやうやしく注文を確認した。
「……では、ガトーショコラを」
僕は、スキルでガトーショコラを出力し生クリームを添えて、陛下の前に提供する。アールグレイの紅茶も併せて出そうとして、緊張でカタカタとティーカップが震えた。
やっぱり、陛下は僕のことを見てくれない。初対面の時の印象が悪かったせいかな。こう何度も無視されていると、さすがに堪える。
ウサギ先生にパーティーが始まる前に、相談したら「ここ数年ずっと俺の捜索に力を使い続けたせいか、体調があんまりよくないんだ。本当のノルンはすごい優しい奴なんだよ……」と言われたけど。
陛下はとても優雅な仕草でガトーショコラを口に運び、一口だけ食べて、首を横に振った。
「恐れ入ります! こちらは間違いなく、先の菓子職人のガトーショコラでございます!」
ウサギ先生が慌てて説明する。僕はショックではあったけど、そんな予感はしていたので、成り行きをぼんやり見守った。
「……そうじゃな。味も形も確かにヨージのガトーショコラじゃな……」
陛下はそう言って、さらに説明を続けようとするウサギ先生を制した。
「……ウサギ、随分と心配をかけてしまったな」
ゆっくりと、陛下は僕の方を見る。初対面以降、初めて目が合った。
「それに……そなたも無理に呼びつけてしもうて、申し訳なかった。すぐに帰還の準備をしよう。……その前に、名も聞いておらんかった。重ね重ね、非礼を許してくれ」
意識的に無視されていたわけじゃなかったけど、無視されていた時よりもずっと胸が痛い。
「僕の名前は、一ノ瀬葵です」
僕の回答に「うん」とだけ陛下は頷いた。そして、陛下はウサギ先生の頭を撫でてから、シロクマさん達を見回す。
「もうヨージのことは諦めよう。お前たちに、このような心配をかけてまですることではない。ようやく目が覚めた」
そう言った陛下の顔は、とてもとても悲しそうだった。
僕は胸の痛みを押さえながら、この状況を解決できる提案をすべきか迷う。子供の僕が……そもそも部外者の僕が……これを言っていいのかわからない……。でも、ここまでの道のりはきっとこのためにあったんだと思う。
席を立って壇上へ帰ろうとする陛下に、人生で一番の勇気を振り絞って、僕はこう宣言した。
「陛下、待ってください。もう一度チャンスをください。二時間、お時間いただければ、お望みのものを必ずお持ちします!」
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