女神様④
今、ウサギ先生の手を引っ張って、僕たちは急いで自室に戻っている。
僕の提案に難色を示した陛下に、シロクマさんが「ボク、一発芸やりまーすッ!」と言って、無理やり余興を始めてくれた。
それにネコさんもウルフさんもパンサーさんも「全力で陛下を引き留めるから行ってこい」と送り出してくれたのだ。
「アオイ、一体どういうことだ!?」
走りながら、ウサギ先生が困惑気味に話しかけてくる。
「ウサギ先生! どうせ、今『やっぱり俺はもう必要ないんだ』とか思ってますよね!」
大人にこんな意見するのは初めてだった。でも、脳内のアドレナリンが止まらない。
「ええ……!? いや……そんな……」
ウサギ先生は図星だったのか、押し黙った。
僕は子供だから、大人の深い考えはよくわからない。でも、陛下が、いや女神ノルン様が欲しているモノは明白だ。
自室に到着すると、調理台の横に丸椅子をくっつけて、その上に困惑しているウサギ先生を抱きあげて無理やり乗せる。
「これから、一緒にガトーショコラを作りましょう!」
〔 承知しました 〕
〔 レシピスキル『ボンボン・ラパンのガトーショコラ』の材料の出力を開始します〕
ビターチョコレート、ミルクチョコレート、無塩バター、生クリーム、卵黄に卵白。分量が違うグラニュー糖が入った器が二つ。そして、薄力粉、ココアパウダーに洋酒のグランマニエが出力された。
「アオイ! 待ってくれ! この小さな身体じゃ菓子作りは無理だって」
ウサギ先生が可愛い両手をパーに開いて、僕に向けてくる。
「難しいところは、僕が手伝いますから」
僕はウサギ先生の抗議を無視して、準備を進めた。ボウルを三つ、泡立て器にゴムベラ。丸いケーキの型。
「……本当に無理だ……勘弁してくれ……」
丸椅子の上で、頭を抱えてうずくまってしまったウサギ先生の目線に合わせるように、僕は少しかがんで先生の背中に手を当てる。
「ウサギ先生。陛下が欲しいもの、本当はわかってますよね。いいじゃないですか、多少不格好だって。味が最高じゃなくったって。貴方が作ったって、きっと気がついてくれます。認識番号がどうとか関係なく、絶対に間違いなく貴方だってわかってくれます」
先生は長い耳を項垂れて、肩を震わせる。僕は手のひらからその振動を感じながら続けた。
「僕は先生がなんでそんなに怖がってるのか、まだ子供だからよくわかりません。陛下に会いにくるのを遅れたことを怒られた時は、一緒に怒られましょう。ね?」
僕の言葉に合わせて、涙を拭う仕草が伝わる。
「次は、僕がウサギ先生を助ける番です」
ウサギ先生は顔を上げると、僕の方を見て、フッと笑う。
「……かなわねぇな。怒られる時はマジで一緒だかんな!」
僕はそんなウサギ先生にサムズアップをお返しした。
「チョコレートは二種類とも合わせて、バターと一緒にスキルで溶かしちゃっていいですか?」
ウサギ先生は一生懸命に小さい手で、ケーキの型にバターを塗って粉をはたいていた。
「ああ。生クリームとグランマニエも一緒にして、人肌ちょい熱めに温めてくれ」
僕はウサギ先生からの指示をこなし終わると、続いて、卵黄にグラニュー糖を加えて白っぽくなるまで、『泡立て』スキルでかき混ぜる。ウサギ先生は小さめの泡立て器を持つと、一生懸命に溶かしたチョコレートとバターを合わせた。
卵黄の泡立てが終わった僕は、次に温めた生クリームと洋酒のグランマニエを、ウサギ先生がかき混ぜているチョコレートのボウルの中へ投入する。これでチョコレートソースがまずは出来上がった。
「アオイ、泡立てた卵黄の中に、チョコレートソース入れるから、大きい泡立て器で混ぜ合わせてくれないか」
僕は「もちろん」と作業を引き受ける。もうこの時点で、部屋はチョコレートの良い匂いが充満していて美味しい気持ちになった。
次の工程は、メレンゲ。ボウルの中の卵白を僕はシャリシャリになるまでスキルで凍らせる。少量のグラニュー糖を入れた後でボウルを押さえて、スキルでガンガン泡立てた。
途中途中でウサギ先生がグラニュー糖を少しずつ加えていく。そして、泡だったツヤツヤの卵白のツノが少しお辞儀するくらいの固さになったので、メレンゲ完成!
ウサギ先生は薄力粉とココアパウダーを一緒にして、ふるいにかける。小さな手と短い腕では大変そうだったが、自分でやりたいとのことだった。
「さっきのチョコレートの生地に、メレンゲをひとすくい入れてよく混ぜてくれ」
僕は泡立て器でメレンゲをすくいあげると、チョコレートの生地へ入れた。そして、素早くかき混ぜる。
メレンゲが馴染んだところで、ウサギ先生はふるった粉類をボウルに投入した。僕は、今度はチョコレートの生地と粉類をよく混ぜ合わせる。
「最後は、ゴムベラに変えて残りのメレンゲと切り混ぜよう」
僕は残りのメレンゲを全部投入すると、ゴムベラをウサギ先生に渡した。そして、ウサギ先生が混ぜやすいように、ボウルを押さえる。
「……これはやってくれないのか?」
ゴムベラがウサギ先生にとっては、少々大きいらしく不服げだ。
「僕の作業割合の方が多くなっちゃうからダメです」
あくまでもこれは『ウサギ先生のガトーショコラ』じゃないといけない。
「フッ……わかったよ。降参。頑張るよ」
ウサギ先生は全身を使って、ゴムベラで切るように混ぜ合わせた。最後に、ケーキの型へ完成した生地を流し込む。僕はオーブンを開けて、天板の上にケーキの型を入れた。
ピョンッと丸椅子からウサギ先生が飛び降りる。
「百八十度で五十分。スフレタイプだから、『蒸す』スキルも併用。一旦、四十分でタイマー」
〔 『オーブン』百八十度・五十分で開始。『蒸す』五十分継続使用。四十分後にタイマーを設定します 〕
あとは焼き上がるのを待つばかりだ。ウサギ先生の方を見ると、オーブンを見つめている。
そして、おもむろに僕を見上げた。
「もう一つ、オランジェットも作りたい。手伝ってくれ、アオイ」
執事の顔でなく菓子職人の顔になってくれたウサギ先生に、抱き着きたい気持ちを抑えて、僕はもう一度「もちろん!」と、親指をサムズアップした。
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