異世界生活2日目

2日目①

 そもそもクリスマス商戦で滅茶苦茶に疲れていたこともあって、シロクマとネコが帰った後、俺は風呂にも入らずに、ベッドに倒れこみ爆睡してしまった。


 夢の中でさらに寝るとか、永遠に起きられなかったら? と思うと少し怖い。


 無事に目覚めて安心する。とりあえず、店の方はもともと親父の入院のこともあって二十六日からは臨時休業。


 そして、そのまま年末年始の休業期間に突入する予定だったので、俺が昏々と眠っていても大丈夫だろう。母と娘は心配するかもしれないが。



 というわけで、魔法の国、二日目。


 シャワーを浴び、その後、特にやることもないので、テーブルの上に『レシピスキル』一覧を上から順に出力して、一口食べては分解するを繰り返してみた。


 味は確かに俺が作った菓子の味がするものの、最後に俺が作った状態で保存されているようで、作り直したくてモヤモヤする。


 でも、調理場もなければ、道具もないし、ましてや材料もない。


 頬杖をついて、広々とした部屋を眺めた。やることねぇな、マジで。せめてテレビとかないのか。


〔 肯定します。女神ノルンが創生・統治するこの世界には、テレビに限らず貴方の世界でいう娯楽に該当するものはありません 〕


 うげ……。食事もしないし、この世界の奴ら何を楽しみに生きてんだよ。とにかく暇すぎる。


 なぁ、俺もネコみたいに家具や洋服を魔法で出せたりするのか?


〔 部屋の調度品や衣服の出力スキルは、彼女の『家事使用人ハウスキーパー』の権能です。貴方の『菓子職人パティシエ』の権能ではできません 〕


 残念。……ん? でも待てよ。逆に言えば、菓子作りに関係することならいいってことか?


〔 部分肯定。新しいスキルカテゴリーの構築には、多世界秩序MWOの許可が必要です 〕


 MWOね。ちょくちょく出てくるワードだ。この世界の役所みたいなもんかな。そのVHSだか、NBAだかから許可が出ればいいのか。


〔 "Many-Worlds Order" です 〕


 なんでもいいよ。そこにちょっと聞いてみてほしいことあるんだけど。俺の店の調理場の設備をここに再現してほしいんだよね。


 やることもないし、菓子作りでもしようと思ってさ。だから、製菓材料とかも出せるようにしてほしいんだわ。


〔 承知しました。多世界秩序MWOへ新規スキルカテゴリー『設備スキル』及び『素材スキル』を申請……。


 新規スキルカテゴリー『設備スキル』及び『素材スキル』の構築許可を確認。


 新規スキルカテゴリー『設備スキル』及び『素材スキル』構築開始。


 『設備スキル』及び『素材スキル』の構築完了 〕


〔 洋菓子店『ボンボン・ラパン』の調理設備の解析を開始。解析完了。調理設備を出力開始 〕

〔 ………… 〕

〔 出力エラーを確認。デバッグを行います 〕

〔 ………… 〕

〔 出力エラーを確認。デバッグを行います 〕

〔 ………… 〕

〔 出力エラーを確認。……。有意提言 〕


 ん? いまの独り言? 俺に話かけてる?


〔 話しかけています。動力源として、ガスまたは電気を使用していた調理器具の出力にエラーが生じています 〕


 自分ちを思い出す。ガスまたは電気を使用していた調理器具……ガスコンロとかオーブン、かくはん機のことか?


〔 肯定します。この世界ではガスや電気を動力源として、使用できないため出力できません 〕


 マジかよ。じゃあ、どうやって調理すればいいんだ。


〔 新規スキルカテゴリー『調理製造スキル』の構築を提言します 〕


 よくわからんが、任せた! 業者のいう専門用語はわからん。専門家に任せるのが一番。


〔 承知しました。多世界秩序MWOへ新規スキルカテゴリー『調理製造スキル』を申請……。


 新規スキルカテゴリー『調理製造スキル』の構築許可を確認。新規スキルカテゴリー『調理製造スキル』構築開始。


 『調理製造スキル』の構築完了。動力源を必要とするものを除き調理設備を出力開始 〕


 部屋のど真ん中に、店の調理場に似た設備が出来上がっていく。おお、これは壮観。


〔 調理設備の出力、完了しました 〕


 視界の右下の『Menuメニュー』ボタンを選択してみると、先ほどまでの『レシピスキル』の項目のほかに『設備スキル』『素材スキル』『調理製造スキル』が増えていた。


 まずは、素材スキルの項目を確認する。グラニュー糖や卵、薄力粉といった基本の材料の登録がされている。設備スキルも、フライパンやボウル、ゴムベラなどの項目が並ぶ。


 で、さっき言っていた『調理製造スキル』は、どれどれ。直火、オーブン、泡立て……なるほど。足らんスキルは都度追加できるのか?


〔 スキルカテゴリーの範囲内であれば可能です 〕


 俺は、真新しい調理場を手に入れて、ようやくこの退屈な世界が少しだけ楽しみになった。

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