1日目②
足元でご臨終しているガトーショコラを唖然として眺める。
なんで皿つきじゃねぇんだよ……。脳内の声に対しての文句がわき上がった。
〔 設定されていません 〕
ちょっと考えれば、わかるだろ! 床に落ちることくらい。
〔 設定されていません。ガトーショコラ出力の際は、皿を付属する設定を追加されますか? 〕
どうしよう。キレそう。昔、自分ち以外のケーキ屋で修行していた頃を思い出す。新人教育を任された際に、こういう奴いたなぁ。
ダメだ。こらえろ、俺。経験上、この手の奴を頭ごなしに怒って改善した試しはない。それどころか、より一層トンチンカンが酷くなった挙句に、急に店に来なくなって辞めたりする。
〔 皿を付属する設定を追加されますか? 〕
手で顔を覆って目を押さえる。そして、大きく深呼吸をした。
ガトーショコラに限らず、菓子を出すなら皿をつけてくれ。菓子は食べ物だ。口に入れる。衛生上、絶対に必要だ。
〔 承知しました。出力時のデフォルト設定を変更します 〕
ようやく問題が解決して、俺は床に落ちたガトーショコラを片付けようと、しゃがみ込んだ。シロクマを見上げる。
「シロクマ、スキルってやつの使い方ミスしたわ。ゴミ箱あるか?」
「ゴミバコ……ってなに?」
シロクマは、また首をかしげた。
〔 不要物は分解回収が可能です 〕
なるほど。そういうことね。じゃあ、回収よろしく。
〔 承知しました。ガトーショコラを分解回収します 〕
目の前からガトーショコラの亡骸が光の粒となって消え失せた。成仏しろよ、アーメン。
この魔法の国では、ごみは出ないのか。産廃業者へ払っている店のゴミの回収費を考えると、素敵システムすぎる。
なんにせよ、食器は他にもあった方がいいな。俺は立ち上がると、今度はネコの方に目を向けた。
「追加になって悪いが、食器棚と食器類もひと揃え用意してほしいんだが」
ネコは少し難しそうな顔をして、顎に手を当てた。
「……ショッキ……がわかりません」
どうなってるんだよ、この世界。
「いや、飯食う時の皿とかだよ」
そう続けたが、彼女は首をかしげるばかりだ。大仏女も「菓子」がわからないとか言っていたし、もしかしてゴミに続いて食事も取らないのか?
おい。頭の中の女。
〔 ……私のことでしょうか? 〕
お前以外に誰がいるんだよ……。他にもいたら、怖いわ。
さっきからお前だけは、俺の言っていることを理解できているってことは、お前は「皿」も「ゴミ」も知っているんだよな。
〔 肯定します。私は
それをネコに送ることってできないのか? FAXみたいに。
〔 しばらくお待ちください。
〔
俺はネコを再び見ると、彼女は真剣な顔つきだった。彼女の頭の中の奴と会話中かな。
「わかりました」
しばらくするとそう言って、彼女はホウキで壁を撫でた。次々と、食器の入った食器棚が壁に沿って出現する。
俺は引き出しを開けてスプーンやフォークなどのシルバー類にも問題ないか確認した。さっそく棚から取り分け皿とデザートフォークを取り出して、二人に声をかける。
「ケーキ……って言っても、どうせわからないだろうけど、今日のお礼にガトーショコラでも食べていってくれ」
テーブルの上に、俺はガトーショコラを今度こそ上手く出力すると、二人に振舞ったが、二人とも怖がって、なかなかケーキを口にしようとしない。仕方なく俺は実演することにした。
魔法でケーキ出すなんて、どんなもんかと思ったけど、味はちゃんとうちの店のガトーショコラだな。
あ。生クリーム忘れていたわ。おーい。生クリーム添えたいんだけど。
〔 何分立てですか? 〕
七で。
〔 承知しました 〕
俺の皿のガトーショコラに生クリームがトッピングされる。一緒に食べてみると、かなり美味かった。良い生クリーム使ってんな。
どこの業者から仕入れてんだろ。教えてほしいわ。
〔 …… 〕
そういう情報は黙秘なのね。
脳内会話をしながらケーキを食べている俺を、シロクマとネコは凝視する。二人とも口に何か物体を入れている行為も信じがたいのに、それを飲み込んでいることに驚愕しているようだ。
シロクマよ、お口は閉じなさい。ネコよ、「うわ、ヤバ。この人」って顔に書いてあるぞ。オジサンの心はナイーブなんだよ、もっと気持ちをオブラートに包んで。
「二人とも、ものは試しに食べてごらんなさいよ。オジサン、菓子作りは上手いんだよ」
彼らの皿にも生クリームを添えてやって、ホレホレと食べるように促した。シロクマが口を開けたまま、俺とケーキを何度も見比べている。ネコはシロクマの方を向いて、助けを求めているようだった。
「シロクマ、お前、仮にも将軍なんだろ? ガツンと食えよ。ビビってるの、カッコ悪いぞ」
ガーンと、ショックを受けたシロクマの顔が面白い。
「……ば……蛮勇と勇敢は、ち……ちがうもん!」
チッ……意外と賢いな、このシロクマ。俺たちのバカなやりとりを見ていたネコは、盛大にため息をついた。そして、意を決し、俺を真似て、ケーキを口に入れる。
やっぱ、女の子の方がこういう時、思いっきりいいよなぁ。元妻も海外旅行で、まだ日本で認知度の低かったバンジージャンプに挑戦していたし。
俺は絶対無理で断固拒否したけど。
俺がそんな昔のことを思い出していると、険しい顔でケーキを食べていたネコの顔がどんどん緩んで、キラキラしてきた。なんだ、楽しそうな顔もできんじゃん、この子。
パクパクと二口目、三口目を口に入れていくネコを見て、ようやくシロクマは食べる決心がついたのか慎重にケーキを切ってから、フォークで持ち上げて、三六〇度の方向から確認したり、フォークの下からのぞいてみたりしている。
はよ、食えや。小心のシロクマよ。小心さでは、俺も負けてないので親近感はわくが。
「ネコ、美味しいか?」
俺が急に話しかけたせいで、慌てたようにネコはケーキを飲み込む。娘、思い出すなぁ。あいつ今頃、向こうのお家でクリスマスパーティーでもしてんのかな。
「……これが『オイシイ』? なんだか、不思議。嬉しい気持ちになる」
おぉ。可愛いこと言うじゃん。お父さん喜んじゃうね。
「将軍、大丈夫だよ。食べてみなよ」
ネコがシロクマにそう勧めると、ようやくシロクマが目をつぶって「ええいままよ」と口の中にケーキを入れた。俺はテーブルに頬杖をついて、ニヤニヤしながらシロクマを見守る。
「……ッ?」
シロクマの目が、カッと見開いた。
「……ボクはいま『オイシイ』を獲得しました」
胸に手を当てて、シロクマは大げさに呟く。口が大きいだけあって、シロクマは次の二口目ですべてを平らげてしまった。
完食した二人に別の菓子も食べるか、と聞くと二人とも大きく頷いてくれる。やっぱ作った菓子を褒められるのは、いくつになっても嬉しいもんだな。
そのあと、俺は二人にベイクドチーズケーキやシュー生地にナッツのクリームを挟んだパリ・ブレストといった菓子を振舞い、魔法の国の初日をつつがなく(?)終えた。
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※物語の演出上、動物達がチョコレートを含んだ菓子を摂取している描写がありますが、絶対に犬や猫といった動物にチョコレートを含む食品を与えてはいけません。
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