2日目②
暇を持て余した俺が、配合を変えながら何度も焼き菓子のフィナンシェやマドレーヌを作っていると、ネコが訪ねてきた。
扉を少しだけ開けて、こちらをうかがっている。娘がまだ小さかった頃、一緒に寝たい時に寝室をのぞいてきた顔に似ていて可愛い。
「お部屋のお掃除してもいいですか」
そうか。ネコはメイドが仕事なんだもんな。
「じゃあ、頼むわ」
扉を開けて彼女を迎え入れた。
彼女は寝室へ向かうと、ベッド周りなどの掃除をしているようだったが、ものの数分で出てきた。少し気になって寝室へ向かう。ベッドの上に俺が脱ぎ散らかした服も含めて、全てキレイになっていた。スキルってやつを使ったのかな。
「あ! そうだわ。カミソリってあるか?」
ダメもとで聞いてみると、案の定、首を捻っている。この世界にないな。
おーい。ネコにカミソリの情報送ってやってくれ。
〔 承知しました。
情報を受け取ったネコは、スキルでカミソリを出してくれると、俺に手渡してくれた。ホテルに泊まった時に置いてあるものに似ているな。シンプルなT字カミソリだ。
「たぶん、それ使い捨てのようなので、これからは毎回補充しておきます」
「おー、サンキュ。サンキュ」
俺はバスルームにカミソリを置くと、調理台の方へ戻る。俺の後を、ネコもついてきた。物珍しそうに調理台を眺めている。
「なにかお菓子食べるか?」
そう聞くと、今日の彼女は素直に頷く。作った菓子を気に入ってもらえるのは、嬉しい。
「オーケー。じゃ、丸椅子でも出して、ちょっとその辺に座ってて」
ネコは丸椅子を出現させると、ちょこんと座った。マジ素直じゃん。実は良い子じゃん。
俺は、シュー生地の上に、クッキー生地を乗せて焼いたサクサク食感のシュークリームを出力する。彼女に差し出すと、はむっはむっと夢中で食べてくれた。
彼女が食べている間に、俺はオーブンからフィナンシェを取り出し、さっき作ったばかりの『送風』スキルで粗熱をとる。
『冷却』スキルだと、水蒸気が外に逃げる前に、菓子の中で水になってしまって上手くいかなかった。粗熱の取れたフィナンシェを半分に割り、味見をする。うーん。
皮付きアーモンドプードルの割合もう少し増やしてみてもいいかも。俺は作ったものを全部分解して、また配合を変えて作り直し始めた。
「何してるんですか?」
声をかけられたので、ネコを見る。彼女は俺の作業を見て、不思議そうにしていた。
「あー。なんてゆーか暇つぶしに、菓子の改良を」
「……改良?」
ビックリしたのか大きな金色の目を見開く。
「スキルってやつで出した菓子の味がさ、納得できなくてな」
「そんなこと考えたこともなかった……」
「お前、普段は掃除とか仕事終わった後って何してんの?」
「え? ……陛下に呼ばれた時に備えて、自室で待機しています」
なるほどね。それで、あんな死ぬほど、つまらなさそうな顔をしてたわけだ。
「私でもできるのでしょうか……改良」
おー。まさかのやる気。オジサン、手伝ってあげたくなるね。菓子を作る手をとめて、ネコと一緒に考える。
「そうだな。お前の場合は、オリジナルの家具作ったり、服作ったりできるんじゃね?」
「オリジナルの服ッ!? 作りたいです!」
ネコは食い気味に、そう主張した。出会ってから見た中で一番活き活きした顔だ。一応、頭の中の有識者にも確認をとる。
この子に、布を縫ったりして服を作るスキルって追加出来るか?
〔 否定します。
女神ノルンを除き、この世界の住人には
ただ、貴方と違い、新規スキルカテゴリーを追加できるだけのギフト
マジか。ボコボコ、お前がスキル増やしてくれていたから、全員そうなのかと思ってたわ。
〔 貴方は、
『
小難しく言っているけど、要は仕事するのに必要な環境は、呼んだ側が整備するってことか。
じゃあ、他にいいアイデアない? この子が新しいオリジナルの服を今あるスキルの範囲で出せるようにしてあげたい。
〔 ……。貴方の世界の衣服の情報を『HOME』へ送信することは可能です。完全にオリジナルの服はできませんが、絵柄や形を多少カスタマイズすることは可能です 〕
おー! お前、実は賢いな! やってあげて。やってあげて。
〔 承知しました。
それから、ネコはしばらく顎に手を当てて考え込むと、やがてスクッと立ち上がりお辞儀をして俺の部屋を出ていった。
さてさて、彼女はどんな服作るのか、楽しみだな。やっぱ、若者は何かに熱中している方が健全だ。
完全なギャルと化したネコが爆誕することを、この時の俺はまだ知らない。
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