パンサーさん②
頭から熱い湯を浴びると、疲れがほぐれていく。シャンプーも石鹸も良い香りで本当に高級ホテルに宿泊しているようだ。
ただ、立ったままで足の裏を洗っていると、時々すっ転びそうになるので、お風呂用の椅子が欲しい。海外の人って、転んだりしないのかな。体幹すごい。
腕で鏡の曇りをとると、泡をつけてヒゲをそる。肌が弱いからカミソリって使いたくないけど、ネコさんにまた、「不潔」ってイジられそうなので、観念してそることにした。
ショリショリと、カミソリを動かす。その時、嫌な引っかかりを感じた。……ッ。肌を切った気がする。やっぱり、慣れないカミソリなんて使うもんじゃない……。
あれ? でも、血が出ていない。絶対切ったと思ったけど。
まぁ、気のせいだったなら良かった。
ヒゲをそり終わると、僕は最後に熱めのシャワーをよく浴びた。シャワーブースの扉を開けてバスタオルを取る。
ここのバスタオルって、ほんとフカフカなのに使い古したタオルみたいに吸水力が良くてすごくいいなぁ。家に持って帰りたい。
そんなことを考えながら身体を拭いていると、突然バスルームの扉が開いた。
バンッ! ビックリして、扉の方を見る。
「……な……な……なん……ギャアァァアアアアアアアアア!!」
ネコさんのとんでもない絶叫に僕は衝撃で倒れそうになりながらも、どうにか前をバスタオルで隠す。どちらかというと、僕の方が叫びたいんだけどな。
***
「もう。ビックリさせないでちょうだいよ。生まれて初めて『逮捕』なんてスキル使ったわよ」
僕はいま逮捕されています。ネコさんの大絶叫に、豹のお巡りさんが駆けつけてきて、僕は手錠をかけられてしまいました。お父さん、お母さん、ごめんなさい。
とりあえず、服は着させてもらえたけれど、調理台の前にネコさんと二人並んで丸椅子に座らせられて、豹のお巡りさんに事情聴取をされた。
「ネコ、アンタねぇ。いつも言ってるでしょ。他人(ひと)の部屋に入る時は、ちゃんとノックして、確認しなさいって。アオイ君、ごめんなさいね」
豹のお巡りさん、意外にとても公明正大だった。手錠も外してくれる。
「ずいまぜん……」
ネコさんがベソベソと泣きながら、豹のお巡りさんに謝っている。
勝手に部屋に入ってきた挙句に、裸を見られて逮捕までされた僕にも謝ってほしい。絶対そんなことは言えないけど。
「本当にビックリするから、あんな大声出すのは、これっきりにしてちょうだいね」
「あい……ぎをづげまず…」
ネコさんにひとしきりお説教をした後で、豹のお巡りさんは僕の方を向いた。
「このお城で警官をしているパンサーよ。よろしくね。でも、お菓子くれるなら悪いことしても見逃しちゃうわよ」
そういって、パンサーさんはウインクすると、僕の頬をツンっと突いた。明らかに、パンサーさんの声は男性だが、女豹感。そして、背もウルフさんくらいあるし、わりとデカイ。
祖父がこう言っていました。
「世の中いろんな奴がいるから、まぁそんなもんだと思って、とりあえず受け入れとけ」
おじいちゃんの教えに従います!
僕がそんな風にパンサーさんに、注目していたら、ネコさんはおずおずと、話しかけてきた。
「アオイ……おぞうじ……づづけても……いい?」
何が何でも掃除は完了させたいネコさんのプロフェッショナルな姿勢に、若干ビビりながらも、僕は頷く。
〔 アオイ、状況が状況でしたので、その場では報告しませんでしたが、三十分前に二時間が経過しています 〕
…………?
〔 ……クッキー生地です 〕
あ~。
〔 拝察します 〕
『ハイサツ』がわからないけど、たぶん気を使ってくれているんだろうな、
……じゃあ、クッキー……続き作ろうかな……。うん。
オーブンから天板を取り出す。クッキーが張りつかないように、全面にバターを薄く広げてから、強力粉をふるった。次に、天板をひっくり返して、余った粉を落とす。
それから、僕は簡易冷蔵庫からクッキー生地を取り出すと、調理台に打ち粉をして、めん棒で生地を伸ばしていく。生地の厚さが均一に五ミリ程度になったところで、クッキー型を使って、一心不乱に型抜きをした。
「なんか無我の境地って感じでお菓子作ってるけど、アオイ君、平気?」
「……え?……あ……ちょっとさすがにビックリしちゃって」
引きつった顔でそう言うと、パンサーさんは優しく、僕の背中を撫でてくれた。
「アタシも本当にさっきはビックリしちゃって、慌ててあんなことして、ごめんなさいね」
手錠をかけられてすごくショックだったけど、パンサーさんきっと良い人(豹?)みたいだから、僕も早く忘れよう。
「ところで、それは何を作ってるの?」
僕がさっきまで座っていた丸椅子にパンサーさんは腰かけると、オーブンの天板に並べられたクッキー生地を見て質問してくる。
「あ……えっと、クッキーです。あと二十分もしないで出来るので、食べていかれますか?」
パンサーさんは、「やったぁ!」と言って、調理台の上に両手で肘をつき、手を組み合わせると、その上に顎を乗せた。女豹って感じのポーズでニコニコしながら、僕の動作を見守る。
う……やりづらい……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます