ウルフさん⑤
裏庭に出ると、ネコさんがいつものメイド服から着替えて、清楚な白のワンピースにレースの日傘といったいでたちで、僕らを待っていた。いや、これ僕のことは待ってないな。
気合入りすぎでしょ。ネコさん、僕の存在忘れてそう。
「ネコ、テーブルの準備を頼む」
ウルフさんがそう声をかけると、ネコさんは日傘を一度閉じて、傘をぐるりと円を描くように回して、丸テーブルとチェア。そして、大きなパラソルを出した。
続いて、彼女は日傘を横に持って、シーツをかけるような動きをする。すると、丸テーブルの上はたちまち、赤のテーブルクロスの上に白のテーブルクロスが重なって敷かれ、ナフキンや食器類がセッティングされた。
オシャレなフレンチレストランみたい。椅子が二脚しかないのが気になるけど。
僕は、大きなお皿の上に、スフレパンケーキをそれぞれ三枚ずつ出力して、小鉢にそれぞれ三種類のジャムとバターを。小さなピッチャーには、メープルシロップを入れる。
ウルフさんは、ネコさんが座るのに椅子を引いてあげていた。紳士だぁ!
そして、僕のためにも椅子を引いてくれた。紳士だぁ!
その様子を見ていたネコさんは、ウルフさんの椅子がないことに観念して、ようやく三つ目の椅子を出してくれた。
〔 シークレットミッション『お茶会を開く』を達成。ボーナス素材スキル『紅茶』が付与されました。『紅茶』は『ダージリン』『アッサム』『アールグレイ』の選択が可能です 〕
少し期待していたスキルが付与されて、ニヤニヤしていたのか、ネコさんから「キモイんですけどぉ」と小声で辛辣コメントをいただく。うう、ツラい……。
「ウルフさん、ネコさん、紅茶飲まれますか?」
「私、お花の香りがするのがいい。昔、ヨージに淹れてもらって美味しかった」
ネコさんはアールグレイ。ティーカップにスキルを使うと、みるみる温かい淹れたての紅茶が注がれる。
「俺はミルクティーがいいな」
ミルクティーには、アッサムの方がいいよな。ウルフさんのティーカップに『アッサム』とともに『ホットミルク』のスキルを使って、ミルクティーを淹れてあげる。
〔 『取得条件:ミルクティーを作る』をクリア。素材スキル『シナモン』が解放されました 〕
シナモンかぁ。何に使おうかな。あとで確認しよう。
それぞれパンケーキに思い思いのトッピングをして、スフレパンケーキを食べる。二人ともとても美味しそうに食べてくれて安心した。
「フワフワ~モチモチ~! 何枚でも食べれそう」
ネコさんは、お菓子を食べている時だけは可愛い。それ以外は正直、怖い。女子コワイヨー。
「アオイ、今度はリンゴを使ったお菓子を作ってくれないか?」
ウルフさんから魅力的な提案を受ける。さっき『シナモン』も手に入れたし、これはアップルパイいけるかな。あとで
僕は、三枚目のパンケーキを食べ終わってしまったネコさんに、新しく二枚パンケーキを出力して、牛乳アイスをトッピングしたのち、その上からキャラメルソースをかけてあげた。
「はぁぁぁあ~、高まるぅぅぅうううう! はむっ……激ヤバ……うまうま」
「それも美味しそうだな、俺にも貰えるか?」
ネコさんの様子を見ていたウルフさんに良い声で追加注文を受ける。
クッ……声までカッコいいなんて羨ましいな。全部かっこいいぞ。
「これも美味しいな。温かいものと冷たいもの、それに甘いものと苦いもの。実に面白い」
ウルフさんに、褒められて照れてしまう。
「ヨージの作るお菓子もとても繊細で整然としていて美味しかったけれど、アオイのお菓子はとてもユニークで面白くて美味しい」
あ、そうだ。気になっていたことを聞こう。
「ヨージさんって、ここにいらっしゃったの随分前なのですか?」
フォークを置くと、ウルフさんは腕を組んで、頭をひねる。
「そうだな……どれくらい前だったかな」
「五年前ですよ。ヨージが帰ったのと、あの口うるさいウサギが来たの、入れ替わりだったから、すごい覚えてる」
ネコさんが紅茶を飲みながら、テーブルに肘をついて頬を膨らませる。
五年前か。そこまで前じゃないな。なんで、スフレパンケーキの登録がなかったんだろう。でもこっちの世界と僕の世界の時間の流れは、全然違うんだっけ。いや、帰ったのが五年前なだけで、しばらくこちらの世界にいたのかな。
それはそうと、ウサギさん、古参なのかと思っていたら、まだ五年なんだ。しかもネコさんより後輩。
「ウサギ、ほんと腹立つ~。陛下が『執事』って言っちゃったから、一番新参者なのに、上司になっちゃうし!」
「そういうな。彼は、実際よくやってるよ。ヨージの作り置きのお菓子が、五年ももったのも彼のお陰だし。アオイを呼んだのも彼の発案だしな」
そうか。ヨージさん、作り置きして帰ったのか。しかも、五年分も。腐りそうだけど、何かしら防腐効果のある魔法でもかけたのかな?
それはさておき。やっぱり、一番の疑問がある。
「あのぅ。ヨージさんの作り置きのお菓子が無くなったから、僕が呼ばれたってことなんでしょうか? でも、それならもう一回ヨージさんを呼び寄せたら良かったのに」
僕はずっと感じていた違和感を口にする。なぜ、すでに実績のある前の菓子職人を再度召喚せずに、素人でただの高校生の僕が選ばれたのか、ずっと疑問だった。
「ヨージの作り置きが無くなるずっと前から、陛下は何回もヨージをもう一度召喚しようとしてたのよね。でも何度呼んでも、ヨージは来なかった」
「それで、ヨージと同じ世界の『別人』の召喚をウサギが提案したんだよ」
だから、ウサギさんはあんなに責任を感じているのかな。なんだか、僕の世界の人間みんなプロの菓子職人だと勘違いしていたみたいだし。
あの白い空間でウサギさんに言われたことは気になるけど、陛下がちゃんと召喚してくれて僕はここにいるみたいだし、とにかく陛下から「帰っていい」って言われるようにスキルを解放して、どんどんお菓子を作っていくしか、今はできることがなさそうだ。
ダージリンティーを啜りながら、僕は小さくため息をついた。
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