ウルフさん

ウルフさん①

 翌朝。身支度を整え、バターで目玉焼きを作って食べていると、ネコさんが迎えに来た。


〔 シークレットミッション『目玉焼きを作る』を達成。ボーナス素材スキル『サラダ油』が付与されました 〕


 このシークレットミッション、おそらく前の菓子職人であるヨージさんが「あ、やべ。この材料ねぇじゃん」ってなった時に作り出した素材なのでは? と薄っすらわかってきた。


「ちょっとぉ! 聞いてんの?」


「え? あ、すいません。考え事してました」


 ネコさんの「はぁぁあ?」という不満げな声を右から左に受け流しつつ、ふとネコさんのまつ毛が昨日よりも明らかに長いことに気がつく。あと全体的にキラキラしているし、物理的に。


「今日、なんだかメイクばっちりですね……」


 背中を無言でネコさんに殴られた。暴力反対。痛い。


 それにしても建物の外に出るのは初めてだ。シロクマさんのお城も実質瞬間移動だったので、外に出ていない。


 自室として使用させてもらっている部屋にも窓がなかったので、使用人用の裏口の扉を開こうとしているネコさんの背中を緊張しながら見守った。



 扉を開けたそばから、柔らかな日差しが入りこむ。全て扉が開かれると、広大な裏庭には等間隔に植えられた木々が青々と茂り、様々な果実を豊かに実らせていた。


 ネコさんは、そのうちの一本の木に近づくと、脚立の上で作業をしている人影に声をかけた。


「ウルフパイセン、少しお話いいですかぁ~?」


 声をかけられた主が、脚立を降りてきてくれる。その人物は、シロクマさんほどではないけど背が高く、麦わら帽子をかぶった猫背な狼だった。


 ウルフさんは無言で麦わら帽子を脱ぐと、頭を下げてくれたので、僕も慌ててお辞儀をする。


「一ノ瀬葵です。よろしくお願いします」

「庭師のウルフだ。こちらこそよろしく」


 白に近い銀色の毛並みに金色の目、カッコいい。ウルフさん、確かにめちゃくちゃ渋くてカッコいいぞ! 狼だけど。なお、ネコさんは、さっきからなんかモジモジしながら、シナを作っている。もう勝手にウルフさんと喋っていいのかな?


「こちらに果物があると聞きまして、お菓子に使用したいので、分けていただけないかと」


「元々が先の菓子職人に頼まれて植えたものだ。必要なだけ持っていくがいいさ」


 そう言って少し目を細めて微笑んでいるウルフさんは、落ち着いた大人の雰囲気だ!


「今日はベリー系をいただきたくて、ジャムを作ろうと思っていて……」


「そうだなぁ……それなら少し酸味が強いものがいいかもしれないな。こちらに来なさい」


 先ほどまでの高い木のグループを過ぎると、低めの木のグループになった。


「イチゴはこっちが、粒が大きくて形も実もしっかりしている飾り用だな。で、こっちは甘みも酸味も強くて、実が柔らかいからジャムに向いてるよ」


 フムフムと、説明を聞く。


「ブルーベリーやラズベリーもありますか?」

「ああ、あるよ」


 イチゴの木よりも少し高めな木が植えられたグループへ移る。ウルフさんは脚立を二つ用意すると、片方を僕に登るように促した。一緒に脚立に登って、説明を受ける。


「一粒食べてごらん」


 ブルーベリーは冷凍ものしか食べたことがなかったので、ドキドキしながら口に入れる。思ったほど、酸っぱくないどころか、すごく甘くて美味しかった。


「わぁ。美味しいですね」

「はは。それは嬉しいね」


 静かに笑うウルフさん、大人で超カッコいい! 男の僕でも好きになっちゃいそう!


 ウルフさんと、そんな楽しいやりとりをしていたが、ふと下を見ると、めちゃくちゃ怖い顔でネコさんが僕を見上げていた。そのあまりの恐ろしさに、ヒィッ……とのけ反った瞬間、僕は脚立のハシゴ部分から足を滑らせる。


 ヤバい! 落ちるッ!! 僕は、目をつぶり落下の衝撃に備えたが、予想に反して落下の衝撃は来ず、僕の身体はガッシリしたウルフさんの腕で抱きとめられた。


「おっと、危ないな。ケガはないか?」


 心配そうに金色の目で見つめられていると、未知の扉が開きそう。まぢ、超かっこよ……。


 なお、下にいるネコさんが今どんな顔をしているのかは、怖いので絶対に確認しません!


 昔、怖い目にあったら、早く忘れてしまいなさいと祖母から教わりました。おばあちゃん、今日、目撃した怖いネコさんのことは、忘れることにします!

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