ネコさん②

 さて、今ある素材スキルを確認と。


〔 素材スキル:砂糖 ・牛乳・卵・バニラビーンズ・塩 〕


 どう考えても、アレしかないでしょ。そう! それは『プリン』である!


 Menuメニューさん、レシピスキル『プリン』の材料のうちで『グラニュー糖』になっているところを『砂糖』に置き換えて、分量分の材料を出してもらえますか?


〔 承知しました。グラニュー糖の分量を〇・七倍で砂糖に置換。レシピスキル『プリン』の材料の出力を開始します 〕


 調理台に、砂糖、牛乳、卵、バニラビーンズが並ぶ。砂糖が二つの器に分かれているのは、分量が少ない方がキャラメルソース用だろう。僕は、蒸し器とプリン用のガラスの器を用意した。それから、蒸し器の下の鍋に湯を沸かす。


〔 『取得条件:湯を沸かす』をクリア。調理製造スキル『ボイル』が解放されました 〕


 これはラッキー。お湯沸かすのも、煮るのも時間かかるし。


 さてさて、良いスキルも取得できたところで、プリン作りの開始です!


 まずは、キャラメルソースから。分量が少ない方の砂糖をフライパンに入れて、少量の水とともに火にかける。フライパンを揺すって砂糖を溶かす。しばらく続けるとグツグツと泡立ち始めて、やがて焦げ茶色になって良い香りがしてきた。


 焦げる手前で火を止めて、少しずつ様子を見ながら、お湯を加える。ちょうどよいトロミがついたら完成だ。


 僕はプリン用のガラス容器の底に、キャラメルソースを注いだ。


 続いて、プリン液を作ろう。三個あるうちの二個の卵を割って、卵黄と卵白に分ける。


〔 『取得条件:卵黄と卵白に分ける』をクリア。素材スキル『卵黄・卵白』が解放されました 〕


 Menuメニューさん、今回は卵白の方使わないんだけど、どうすればいいかな?


〔 卵白を分解回収します 〕


 卵白が消えていく。すごい。残った最後の卵をボウルに割り入れ、先ほどの卵黄二個を追加すると、僕は泡立て器でかき混ぜた。ある程度混ざった段階で、残った方の砂糖を投入する。


 多少の溶け残りは気にせずに、次の作業へ移った。バニラの匂いがよく香るように細い枝状のバニラビーンズに包丁で縦に切れ目を入れてから、牛乳と一緒に小鍋で火にかける。


 バニラの良い匂い。牛乳がグラグラしてきた沸騰直前で火を止めると、先ほどの卵と砂糖の混ざった液体のボウルの中にバニラビーンズごと熱い牛乳を投入した。泡立て器でよく混ぜる。


 出来上がったプリン液をザルでこしてバニラビーンズや卵白の大きな塊を取り除いた。


〔 『取得条件:ザルでこす』をクリア。調理製造スキル『ろ過』が解放されました 〕


 解放された新スキルの確認は後回しにして作業を続ける。


 こしたプリン液を、先ほどキャラメルソースを底に入れたガラスの容器の中に、そっと注いでいく。


 最後に竹串で表面の大きな気泡を潰した。蒸し器のセイロ部分に、プリン液を入れたガラス容器を並べると、お湯の沸いた鍋の上に置いて蒸し始める。とりあえず二十分かな。


〔 二十分後にタイマーを設定します 〕


「なんかそうしてると、ヨージそっくり」


 お菓子に夢中で、すっかり存在を忘れていたネコさんから声をかけられて、ビクッとする。


「あ……えっと、あと二十分少々お待ちください……へへ」


 僕の引きつり笑いに、ネコさんは「まぢでぇ~」と不満の声をあげて調理台に突っ伏した。



 シューシューと蒸し器が湯気を上げる。暇を持て余したネコさんは、湯気を手で仰いで自分の顔にあてていた。女の人って、なんで顔に蒸気をあてたがるんだろ。


 風呂上がりに美顔器のミストを浴びている母を思い出し、少し笑いそうになる。


〔 二十分が経ちました 〕


 僕は蒸し器のフタを開けると、竹串でプリンの一つを刺した。引き抜いた竹串には何もついてこない。火を止め、先ほど調理台の下で見つけた軍手をはめて、プリンの器を取り出す。『冷却』スキルを使用して徐々に粗熱をとってから、プリンを冷やした。


「はい。プリンです。底の方のキャラメルソースと混ぜて食べてください」


 おずおずと、スプーンと一緒にガラス容器に入ったプリンをネコさんへ差し出した。


「おー。乙乙おつおつぅ。まぢ待ちくたびれたけど、美味しそうじゃん」


 ネコさんはスプーンを容器の底まで入れると引き抜いて一口目を口に入れた。次の瞬間、パァっと、先ほどまで不機嫌で退屈そうにしていた表情が一瞬で消えて、瞳がキラキラする。


「めっっっっちゃウマ!! にゃーん。ほろにがのキャラメルちゃんも、いいじゃーん」


 良かった。良かった。自分でもプリンを口にする。


 グラニュー糖ではなく、いわゆる砂糖である上白糖を使用しているので少し甘みが濃いが、苦めに作ったキャラメルソースと相まって、なかなかの出来だった。Menuメニューさんに、今回のプリンの登録をお願いした。


 あ、キャラメルソースだけも別に登録することは可能ですか?


〔 可能です。レシピスキル:『プリン(葵)』『キャラメルソース(葵)』を新規登録しました 〕


〔 『取得条件:三つお菓子を作る』をクリア。素材スキル『小麦粉』が解放されました。なお、『小麦粉』は『薄力粉』と『強力粉』の選択が可能です 〕


 おお! 『強力粉』だけで『薄力粉』はまた別の取得条件って言われたらって、心配していたけど、どっちも選択できるんだ。僕はホッと胸をなでおろす。


 これで、『砂糖』『牛乳』『卵』『小麦粉』が揃った。スポンジ系にも挑戦できる。心の中でガッツポーズ!


〔 『取得条件:蒸し器を使用する』をクリア。調理製造スキル『蒸す』が解放されました 〕


〔 『取得条件:八種類以上の調理製造スキルを解放する』をクリア。調理製造スキル『かくはん』が解放されました 〕


〔 素材スキル『■■■』の情報を開示。『■■■』取得条件:素材スキル『牛乳』及び調理製造スキル『かくはん』の取得。現在、素材スキル『■■■』の作成が可能です。作成を開始しますか? 〕


 もしかして、これは……。嬉しさで鼓動が跳ね上がる。ドキドキしながら開始を選択した。


〔 素材スキル『バター』の取得に成功しました 〕


 ヨッシャぁあ!! あまりのうれしさに心の中で収まりきらず、実際にガッツポーズをとってしまう。ハタと我に返りネコさんを見ると、冷たいジト目がこちらに向けられていた。


「ちょっと見直してたのに、まぢキショ……」


 ホント、小声やめて!! バターの喜びも束の間、泣きそう。うう。女子怖いよぉ。でも二つ目のプリンも勝手に食べ始めているので、僕のお菓子は気に入ってくれているようだった。


「ねぇねぇ、ヨージはプリンにフルーツ添えた超カワイイの作ってたんだけど、それも作れる?」


 プリン・ア・ラ・モードのことかな。果物も素材スキルで解放なのかな。


〔 検索します。素材スキル、該当ありません 〕


 ん? ということは……。


「この世界に果物あるんですか?」


「超最強さいつよの庭師がいるから、果物あるよぉ」


 なぜか、ネコさんはフッフッフと、自慢げな顔をしている。


「その庭師の方、紹介してください!」


 今度は「うふふ」と頬に手を当てて嬉しそうにしているネコさん。


「じゃあ、明日紹介してあげるぅ。まぢ超かっこよだから、明日はちゃんとした格好して失礼ないようにしてよね!」


 指をビシッと差して僕に忠告をすると、ネコさんは最後のプリンを持って、ようやく部屋を出て行ってくれた。


 あれか。庭師さん、ネコさんの『好きピ』ってやつか。そんなことを考えながら、使用した調理道具の片付けをしていると、なぜか戻ってきたネコさんがヒョコッと扉から顔を出す。


 ネコさん、何か忘れ物かな? 扉の方を向くと、またジト目でネコさんが僕を見ていた。


「ねぇ、今日はちゃんとパンツ履き替えなよ」


「……はい…………」


 カランカランと、僕の手から滑り落ちたボウルが床を転がった。

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