シロクマさん③

 雪山を取り払って、氷のフタを外す。いい感じに半分くらい牛乳アイスの素は凍ったようだ。


〔 『取得条件:冷凍庫を作る』をクリア。調理製造スキル『冷凍』が解放されました。また、『冷凍』が解放されたことにより、下位スキルの『冷却』も解放されました 〕


 僕はMenuメニューさんのアナウンスを聞きながら、調理用バットを取り出し、固まりきっていない牛乳アイスの素をボウルへ移す。泡立て器で滑らかなシャーベット状になるまで混ぜた後で、また調理用バットに戻した。


 『冷凍』の使用をお願いします。


〔 冷凍時間は、先ほどと同じ三十分でよろしいでしょうか 〕


 頷くと、すぐに牛乳アイスの素は、三十分冷凍庫で冷やした状態で固まった。本当にこのスキルシステム便利だなぁ。


 再度、固まった牛乳アイスの素を調理用バットからボウルへ移して、泡立て器でたっぷりと空気を含ませてから、また調理用バットに戻し凍らせる作業を、僕はこのあと三回繰り返した。


 器に牛乳アイスを盛り付けると、味見をする。ふむふむ。美味しいけど、やはり水分が多いせいか、シャーベットに近いなぁ。とりあえず、レシピ登録はしておこう。


〔 レシピスキル:『牛乳アイス(葵)』を新規登録。『取得条件:二つお菓子を作る』をクリア。素材スキル『卵』が解放されました 〕


 念願の卵! ようこそ、卵!


〔 シークレットミッション『冷たいお菓子を作る』を達成。ボーナス素材スキル『バニラビーンズ』が付与されました 〕


 シ……シークレット!? ミッション!? 隠し要素まであるの? 頭が痛くなってきた。バニラビーンズはとても嬉しいけれど……。


 僕がしょげながら作った冷凍庫や調理の片付けをしていると、シロクマさんが慌てて部屋に駆け込んできた。そのまま勢い余って、スライディングしながら僕の前を通り過ぎる。


「か、か、か……帰るのぉ!?」


 スライディングで氷の床に転がったシロクマさんは、うつ伏せのまま「寂しさ全開」って表情で僕を見上げる。


「まだいますよ! 片付けしているだけです。シロクマさん、片付け終わったら、一緒に牛乳アイス食べませんか?」


 僕は彼の手を引いて立ち上がるのを手伝いながら、三時のおやつを提案する。


「たべるぅうう!」


 悲しさ全開から嬉しさ全開の表情に変わって良かった。良かった。



 シロクマさんのお部屋で、二人で牛乳アイスを食べる。彼は、五杯もおかわりしてくれた。


「ヨージのアイスクリームも美味しかったけど、アオイ君のアイスの方がシャリシャリしてて冷たくて好きぃ」


「ヨージ?」

「ヨージは、前の菓子職人だよ~」


 前の菓子職人さんのこと聞きたい! 気になる!


「そのヨージさんは、元の世界にどうやって帰って行ったんですか?」


「んー、いろいろお菓子をみんなに振舞ってくれて、それである時、陛下から『褒美』に何が欲しいか聞かれて、それで帰っちゃったよぉ」


 うーむ。やっぱり、陛下にガトーショコラを献上できるようにならないと帰れないのかな。困ったなぁ。ただでさえ無断外泊で、お母さんもお父さんも心配しているだろうし。


 ん? あれ? 無断外泊……もしかして今日って……?

 僕が急にソファーから立ち上がったので、シロクマさんがビックリした顔で僕を見た。


「ごめんなさい! 急いでウサギさんに確認することがあるから、僕もう帰るよ!」

 ガーンといった顔でシロクマさんは、黒パッキンな口元をパカッと開けて、凶暴な牙をむき出しにした。


 シロクマさんにお礼を伝え、必ず再来訪することを約束する。彼の魔法で送ってもらえたので、行き同様にすぐに帰ってこられた。


 僕は防寒着を脱いでから、急いでウサギさんを探した。自室を出て、廊下をキョロキョロしながら、大広間までの道を記憶頼りに歩く。廊下の角を曲がると、開いている扉の部屋からウサギさんの声が聞こえてきた。誰かとお話しているようだ。


「ネコ、どうして、ここの掃除が終わってないんだ」


「はぁ? ちゃんと、やったしぃ。超言いがかりなんですけどぉ」


 会話が聞こえる部屋を僕が覗き込むと、片足をパタパタさせて腕を組んで怒っている様子のウサギさんとメイド服を着た二足歩行の三毛猫の姿があった。この子が「ネコ」さんかな。


「あの…お話し中にごめんなさい。ウサギさん、ちょっと急ぎの相談があるんですけど……」


 ウサギさんはネコさんに「やり直しておくように!」と言って僕の方へ来てくれた。ネコさんは、そんなウサギさんの背中に、舌を出してベェーっとしている。


「帰ってきていたのか。どうした、将軍のところで何かあったのか?」


「違うんです! シロクマさんとは問題ないです。それよりも僕、今日すごく大事な用事があって、すぐに家に帰りたいんです! 無断外泊で親も心配してるだろうし……」


 ウサギさんは、腕を組んで首を傾げる。僕が何を言っているのか、よくわからないようだ。


「とにかく、元の世界で用事があるので、帰らせてください!」


 しばらくウサギさんは考え中といった風に少し斜め上を見ていたが、ようやく理解したのかポンと手を打った。


「ああ、なるほど。それは気にしなくていい。こちらと君の世界の時間は、連動していない。陛下のお力があれば、元の場所、元の時間に帰還できる」


「つまり、ここに何日いても元の日時に帰れるということですか?」


 ウサギさんは頷いた。思わず安堵で、僕はその場にしゃがみ込む。


 よかったぁ……。すっぽかしたかと思ったぁ……。田所さんとのバレンタインデーの約束。

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