シロクマさん②

 輪っかの向こう側の部屋は、想像と違って先ほどまでいた部屋と変わらず暖かかった。


「いま暖かいって思ったでしょうぉ」


 シロクマさんに心の中を言い当てられて、僕は彼を見上げた。


「ここはねぇ。ウサギ君に『冷気が入ってくるのをどうにかしてくれ』って言われてね。間に暖かい部屋作ったのぉ」


 寒い地域にある二重扉みたいなものかな。


「さぁここからが本番だよぉ。ボクのおウチにようこそ!」


 シロクマさんは、部屋の扉を開ける。壁も天井も床も全て氷でできた部屋が現れた。


「うわぁ! すごい! キレイ!」


 歓喜の声を上げる僕を見て、シロクマさんは満足そうに何度も頷く。

 僕は氷でできたテーブルの上にボウルを置いた。テーブルの周りには、大量の雪が山になっている。それから、ガラスのように透き通っていて美しい氷のレンガ。


「氷のレンガと雪をたくさん用意しておいたよ。自由に使ってね」


 シロクマさんに僕は何度もお礼を言った。

 しかし、それにしても寒い。しっかりとウサギさんに、防寒着を着せてもらえてなかったら風邪どころじゃなく、凍死していたかも。


 僕はさっそく調理用バットに、ボウルから牛乳アイスの素を注ぎ入れる。このまま、この氷のテーブルの上に置いていても十分凍りそうだったが、せっかく氷のレンガがあるので囲いを作ることにした。ロの字になるように氷のレンガを積み上げ、ロの字の中央には『粉砕』スキルで砕いた氷と雪を敷き詰める。フタになるものが欲しいな。


「シロクマさん、この上にフタができるような大きい板状の氷はありませんか?」


「ちょっと待っててぇ! 切り出してくるぅ!」


 テッテッテッと、シロクマさんはどこかに走って行ってしまった。わざわざ切り出してきてくれるなんて、本当に良い人だなぁ。ん? 白熊だし、人は変かな? 良い白熊?


 僕が日本語に悩んでいると、シロクマさんが氷の板を持ってきてくれた。お礼を言って、それを受け取り、囲いの上にフタをする。少しだけ大きめだからフタの取り外しがしやすい。


「シロクマさん、すごい! ピッタリです!」

「えへへ~。良かったぁ。良かったぁ」


 一度、フタを外して、囲いの中に牛乳アイスの素が入った調理用バットを入れる。フタを再び閉めると、周りに雪をたくさんかけて山のように盛り、パンパンと叩いて固めた。よし、これで三十分後に様子を見てみよう。


〔 三十分後にタイマーを設定します 〕


 Menuメニューさんはやっぱり有能秘書だなぁ。


〔 …… 〕


 あれ? 今日は恐縮しないんだ。


〔 ……恐縮です 〕


 思わず笑っちゃいそうになったけど我慢する。


「シロクマさん、少しこれが固まるまで、こちらのお城で待たせてもらってもいいですか?」


 シロクマさんは、パアァと顔を綻ばせる。こちらまで嬉しくなるような笑顔だ。ただ、黒パッキンみたいな口元がパカッと開くと凶悪な牙が見えて、ちょっとだけ怖い。


「わーい! まだ、一緒にいてくれるんだねぇ。じゃあ、じゃあ! ボクの部屋に行こう!」


 それにしても、とても喜んでくれるなぁ、シロクマさん。寒すぎて来訪者が少ないのかも。


 そんな寂しがり屋疑惑のシロクマさんに案内されて、僕は彼の自室を訪れた。


「はーい! ここがボクの部屋です! ジャーン!」


 シロクマさんは、CMでよく見かける寿司屋の社長さんみたいに両手を広げる。部屋の一角に雪が敷き詰められていた。ベッドなのかな?


「アオイ君は、ソファー使ってね~」


 雪でできたソファーに腰かける。座ると予想とは違い固くないので、お尻は痛くない。シロクマさんは、雪のベッドにダイブすると、ゴロゴロと転がっている。気持ちよさそう。


「そういえば、北の守りを任されてるんですよね。何と戦ってるんですか?」


 ウサギさんもシロクマさんも魔法が使えるし、悪い魔女とか敵がいるのかもしれない。


「え? 戦いなんてしたことないよ」


 ベッドに仰向けで寝っ転がっていたシロクマさんは顔を逆さにして僕を見る。


「あれ? でも兵隊さん、なんですよね?」


 シロクマさんは、ゴロンと寝返りを打って、うつ伏せになる。


「そうだよぉ。陛下がボクのことを『将軍だ』って言ったんだから、そうなんだよぉ」


 混乱してきた。僕が首を傾げると、シロクマさんは話を続ける。


「陛下が『お前は将軍だ』って言うなら、それに必要なスキルが使えるようになるんだよぉ」


 また、ゴロンと寝返りを打って仰向けになる。


「ボクがどこにでもすぐに行けるのは『軍配備』ってスキルだよ。ウサギ君には、いつもタクシー代わりに使われてるけど」


 シロクマさんはゴロゴロと転がって、ベッドの端にあった大きな雪玉を手繰り寄せると、抱きかかえる。抱き枕みたいなものなのかな。


「ウサギ君も『執事ね』って、陛下に言われたから、執事に必要なスキルを持ってるし」


 今度は、仰向けで器用に手足を使って、大きな雪玉を空中で転がしている。ちょいちょい可愛いので、話が頭に入ってこない。


「この世界の皆さんは、陛下に職業をもらったら、そのお仕事に就くんですね」


〔 三十分が経ちました 〕


 シロクマさんと話していると、Menuメニューさんからアラームが表示される。牛乳アイスの確認のために、僕は立ち上がった。


「ちょっとさっきのお菓子の様子見てきますね」


 僕の発言にシロクマさんは、ボトリと雪玉を落とした。


「え!? まだ帰らないよね?」


 僕が頷くと、シロクマさんは安心したようで、また黒パッキンな口元をパカッと開けて、凶暴な牙をむき出しにして喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る