シロクマさん

シロクマさん①

 翌朝。顔を洗い、身なりを整えてから、調理台でホットミルクを作って飲んでいると、ウサギさんが現れた。さっそく、アイスを冷やす方法について相談してみる。


「ふむ。それは氷を取り寄せるのが一番手っ取り早いだろう」


 そう言うと、彼はポケットから丸いコンパクトミラーを取り出して、パカッと開いた。


「もしもし、将軍、本日お手隙でしたら、お力をお借りしたいのですが」


 コンパクトは携帯電話なのか、ウサギさんは「将軍」という別の誰かと通話している。


「うん。全然いいよ~。今からそっちに行くよ~」


 コンパクトから、すごくのんびりした声の返事が聞こえてきたかと思うと、一拍おいて部屋に光る丸い円が現れた。円の向こう側は、別の部屋のようだ。その円の輪っかを通って、入ってきた生物に僕はビックリ仰天する。


 なんと現れた生物は、二足歩行のとても大きな白熊で、『I♡COLD』と書かれた変な黒のTシャツまで着ていたのだ。しかも、瞬間移動! なんでもアリの世界すぎる!


「シロクマ将軍は、北方の守りを任されている御仁だ」


 ウサギさんが、シロクマ将軍を紹介してくれた。


「もう『将軍』って、やめてよ~。ボクしか兵隊いないのに。陛下が『シロクマは将軍っぽい』って思いつきで作った役職だし」


 うちのお父さんも会社で事務員は、お父さんしかいないのに、社長さんに「今日から総務部長ね」って言われて昇進したって言っていたなぁ。


「はじめまして。一ノ瀬いちのせあおいです。よろしくお願いします」


 僕はお辞儀をする。


「新しいお菓子職人さんだよね~。会えて嬉しいなぁ。ボクのことはシロクマって呼んでねぇ。ウサギ君みたく、将軍はつけちゃ嫌だよぉ」


 そう言って、ニコニコと、ゆったり話すシロクマさんのことが、僕は一瞬で好きになった。


 氷をこちらに運び込めないか相談すると、シロクマさんはフンフンと頷いた。


「それは構わないけど、こっちのお城は暖かいから、すぐ溶けちゃうと思うよ」


「なるほど……なら、僕がシロクマさんのお城にお邪魔することは可能ですか?」


 そう僕がおずおずと提案すると、シロクマさんの顔がパアァと、笑顔で輝いた。


「ボクの家に来てくれるの!? すっごく嬉しい! でもウチ汚いから、掃除する時間を頂戴!」


 訪問に対して、見るからにウキウキと、ウェルカムモードなシロクマさんにホッとする。


「じゃあ、また午後に迎えに来るね!」


 そう言って、シロクマさんは来た時と同じように、魔法の輪っかをくぐって帰っていった。



 四角い金属製の調理用バットに、スプーンなどアイス作りに必要な調理道具を見繕う。前の菓子職人さんは色々と道具を残してくれていた。


 きっとシロクマさんの家には厨房はないだろうから、牛乳アイスを冷やす前までは、こちらで作ってから向こうへ行こう。僕は『Menuメニュー』と唱えた。


〔 …… 〕


 あれ? スキルチャートは表示されたのに、反応がない。

 Menuメニューさん、おはようございます!


〔 ……おはようございます 〕


 そういえば、今朝ホットミルク作ろうとしたら、Menuメニューさんに頼まなくても『牛乳』と『直火』が使えたんです!


〔 一度使用したスキルは、インストール済となり、私を介すことなく使用できます 〕


 そうなんだ。でも、Menuメニューさんと一緒にお料理する方が楽しいので、これからもよろしくお願いします!


〔 ! ……承知しました 〕


 一瞬、間があったような?


〔 否定します 〕


 少々ツンデレなMenuメニューさんに苦笑しながら僕は鍋を取り出すと、『牛乳』と『直火』のスキルでまたホットミルクを作る。朝の時点で、レシピ登録しておけば良かったな。


 Menuメニューさん、登録お願いします。


〔 レシピスキル:『ホットミルク(葵)』を新規登録。なお、レシピ登録は、本システム起動中のみ行えます 〕


 はい。調理するときは、まずはMenuメニューさんを起動させてからって、肝に銘じておきます。


 ボウルにホットミルクと砂糖を入れると、泡立て器を使ってよく溶かした。スプーンで甘みを確認する。冷えると甘みって感じにくくなるっていうし、もう少し足そうかな。そうやって調整して、ばっちりな牛乳アイスの素が出来上がると、僕は埃が入らないようにボウルの上に、キレイな乾いた布巾をかけた。


〔 『取得条件:泡だて器で混ぜる』をクリア。調理製造スキル『泡だて』が解放されました 〕


 『泡立て』スキルって、もしやハンドミキサーみたく自動で泡立てしてくれるの!?


〔 肯定します 〕


 お菓子作りは泡立て作業がとても多い。人力の泡立てだけじゃヤバかったので僕は胸をなでおろす。


 シロクマさんを待ちながら、忘れ物がないかチェック。すると、ウサギさんが現れた。


「君はそんな恰好で、将軍の城に行くつもりか?」


 もっとフォーマルな恰好じゃないといけないのかな。でも着てきた服以外、持ってない。


 僕が困っていると、ウサギさんはパチンっと指を鳴らす。すると、僕の服装はモコモコの暖かいダウンコートとダウンパンツ、滑り止めのついた長靴に早変わりした。ダウンコートのポケットには厚手の手袋。


「あちらは、とても寒いので」


 防寒の方だった。ウサギさんの心遣いに感謝していると、先ほどと同じ場所に魔法の輪っかが現れた。シロクマさんが「は~い」と手を挙げて、部屋を移動してくる。


「荷物はこれだけ?」


 牛乳アイスの素が入ったボウルで両手がふさがっている僕の代わりに、シロクマさんは必要な物を色々と持ってくれた。


「ありがとうございます!」

「はいは~い。さぁ、ボクのおウチにご案内だよ~」

「あれ? ウサギさんは一緒にこないのですか?」


 ウサギさんは、首を横に振る。


「ウサギ君は、寒いところ苦手だから、全然遊びに来てくれないんだよぉ」


 そうか。ウサギさんは寒がりなんだ。だから、僕にダウンコート着せてくれたんだな。


 ウサギさんに見送られながら、僕たちは魔法の輪っかをくぐった。


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