ウサギさん③

 僕は先ほどまでいた大広間を出て、ウサギさんに導かれるまま、後を追う。


 廊下をかなり歩き、階段をいくつも下りて、正直もう現在地がよくわからない。独りで先ほどの大広間まで戻れと言われても戻れないだろう。さらに歩いていくと、ようやく廊下の突き当りにある部屋を案内された。


「この部屋を使いたまえ。先の菓子職人が使用していた部屋だ」


 扉を開けると、部屋の中央に立派な調理台があり、そこには洗い場にコンロ、オーブン。天井からはフライパンなど調理器具がいくつか吊るされている。続いて、壁際の食器棚には、お皿やシルバー類が整然と並んでいた。かなり本格的なこの厨房に、思わず興奮して「うわぁ」と声が漏れる。


 設備を細かく確認していく。コンロはあるが、どこにも火を出す部品がない。

 スキルを使うのかな?


〔 肯定します。スキル『直火』を使用しますか? 〕


 イエース! 僕がノリノリで『直火』スキルを使うと、ガスコンロと同じように火がついた。


〔 なお、『弱火』『中火』『強火』のカスタム登録が可能です 〕


 デフォルト値がすでに決まっているなら、とりあえずは今のままでいいかも。

 コンロの火をMenuメニューさんに消してもらうと、次に僕はオーブンを開けて中を覗き込んだ。


〔 『直火』の進化スキル『オーブン』の情報を一部開示。『オーブン』取得条件:『■■■』から『■■■』を作る 〕


 直火スキルだけじゃ、オーブンは使えないのか。Menuメニューさんからのアナウンスに、がっくりしつつ、僕はオーブンのフタを閉める。


「それにしても、どうして調理場があるんだろう。『レシピ』のスキルを使ったら、一発でお菓子出来上がるはずなのに」


「先の菓子職人は、ここで新たなレシピの開発や既存レシピの改良をしていたと聞いている」


 スキルチャートを見ていて感じた疑問を口にすると、ウサギさんが答えてくれた。


 きっと、前の人はプロのパティシエだったのだろう。それから、開発や改良をしていたということは、レシピは自分で考案して登録もできるんだ。つまり、一度作っちゃえば、次からはショートカットで作れるってことだよね。本当に夢みたいな仕組みだ。


 Menuメニューさん、お菓子以外のレシピの登録もできますか?


〔 可能です 〕


 お母さんにこのスキルをお土産に持って帰ってあげたいな。って、そもそも帰る算段がまだついてないんだった。厨房に興奮して本来の目的を忘れていた。


 慌てて、僕は先ほど思いついたお菓子の作成に取りかかる。まずは、台ふきでキレイに調理台を拭いた。長いこと使ってなかったらしいのに汚れていないから、きっと誰かが定期的に清掃していたのかもしれない。


 コンロの上にフライパンを置くと、ボウルから先ほどの砂糖をフライパンへ移す。空になったボウルは洗い場でザっと洗ってから、布巾でキレイに水分を取ると調理台にひっくり返して置いた。それから、フライパンに水を砂糖の三分の一ほど加えて、『直火』スキルを使用する。


 僕は、砂糖が溶けるようにフライパンを回す。すべての砂糖が溶け終わっても、そのまま加熱を続け、やがて砂糖水はグツグツと泡立ち始めた。だんだん泡が粘度の高いものへと変化していき、全体的にキツネ色になってきたところで、僕は火を止める。


 泡だて器をフライパンに入れ、煮詰めたキツネ色の液体を絡ませると、僕はひっくり返したボウルの底の上で、泡だて器を上下左右に振って、筆で描くように液体で網目状の模様を描いた。そして、そのまま液体が固まるまで待つ。液体が固まったのを確認してからボウルを持ち上げた。横にしてボウルのフチを調理台にカンッと叩きつける。ポロっと網目状の籠のような形で、それは外れた。


「これはお見事」


 調理台に少し背伸びをして様子を見ていたウサギさんが感心してくれる。でも、まだ完成じゃない。僕は網目状の籠となったものをバキバキと手で割り、食べやすいサイズに砕く。


 それから、こう宣言した。


「はい。べっこう飴の出来上がり」


 ふんふん、と鼻をひくつかせているウサギさんに一つ差し出す。ウサギさんは飴を受け取ると、両手で持って長い前歯でカジカジと、それをかじった。


「これは美味しい」


 へへんっと、僕はウサギさんにVサインをする。


〔 『取得条件:一つお菓子を作る』をクリア。素材スキル『牛乳』が解放されました 〕


 おお! 牛乳はありがたい! 砂糖のみからのすごい前進!


〔 『取得条件:砕く』をクリア。調理製造スキル『粉砕』が解放されました 〕

 想定外のスキル解放。なるほど、こういうこともあるんだ。


 飴を食べ終わったウサギさんは「では、また明日」と言って、先ほど部屋を出ていってしまった。色々と聞きたいことはたくさんあったけど、結局聞けず仕舞いだ。あんまりクヨクヨするタイプじゃないけど、右も左もわからない状態は結構なストレスだなぁ。仕方なく、部屋を探索してまわった。厨房がメインのこの部屋の隣には、寝室とその奥にシャワールームが備え付けられている。とりあえず、シャワーを浴びることにした。


 熱いシャワーを浴びたら、いくぶんかスッキリした気分になる。そして、先ほどから楽しみにしていた飲み物で、コップを満たすと一気に飲み干した。


「う……うっまーいッ!!」


 この牛乳、絶対にスーパーで売っている牛乳じゃない!


〔 肯定します。いつでも搾りたて『生乳(せいにゅう)』です 〕


 なんて幸せなんだ。牧場の味がいつでもどこでも飲めるなんて。僕は感動で、心の中でガッツポーズをする。もうこれは次のお菓子は、アイスクリームしかないでしょ! 牛乳アイス! 卵ないからシャーベットに近くなっちゃうけど、絶対美味しいよ。


〔 素材スキル『卵』の情報を開示。『卵』取得条件:お菓子を二つ作る 〕


 おお! 次は『卵』か。これはぜひとも早く取得したい。


〔 レシピ『アイスクリーム』の情報を一部開示。素材スキル『牛乳 ・■■■・■■■・■■■・■■■』に加えて、特殊条件として、調理製造スキル『■■■』が必要。現在のスキルでは、レシピ『アイスクリーム』の使用はできません 〕


 必要な調理製造スキルは、冷却かな? でも、砂糖もない。『グラニュー糖』が必要?


〔 素材スキル『グラニュー糖』の情報を一部開示。『グラニュー糖』取得条件:調理製造スキル『■■■・■■■・■■■・粉砕』の取得 〕


 こ……これは道のりが長すぎるぞ。


〔 肯定します。調理製造スキルの最上位スキルが含まれています 〕


 とりあえずは『砂糖』で代用するしかないけど、これじゃ全然レシピ解放できないな。


〔 『グラニュー糖』から『砂糖』への書き換えは可能です 〕


 うう……。それじゃ、せっかくのプロのパティシエのレシピが台無しだよ。上書きじゃなくて、レシピの名前を変えて新規登録はできないのかな。


〔 可能です 〕


 やった! それじゃあ、これからはレシピの後ろに『(葵)』とつけて新規登録してください。


〔 承知しました 〕


 先ほどのべっこう飴も『べっこう飴(葵)』で新規登録できますか?


〔 可能です。レシピスキル:『べっこう飴(葵)』を新規登録しました 〕


 ウサギさん、シレッと余った飴をスカーフに包んで持って帰っていたし、これでまた作ってあげられるぞ。


〔 備考情報「ウサギさんのお気に入り」を追記しました 〕


 Menuメニューさん、有能秘書すぎる!


〔 恐縮です 〕


 あとは、牛乳アイスのために何か冷やす手段がないか、明日ウサギさんに相談しよう。


 それにしても、今日は疲れたなぁ。そろそろ眠たくなってきた。僕はコップを片付け、歯を磨くと、寝室へ向かう。ベッドに潜り込み『Check』と唱えた。


〔 え? 〕


 ん?


〔 ……菓子職人パティシエパティシエインターフェイスシステム『Menuメニュー』を終了します 〕


 Menuメニューさんのその返答を聞いて、瞼を閉じると、僕はすぐに眠りに落ちた。

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