146話 緩さ

「ごちそうさまでした」「ごちそうさまでした」


 あの後広田さんが帰った後に夜ご飯となった。

 作り始めていたらラーメンと餃子を二人で食べた。


「作ってくれてありがとう」

「今日は沢山買い物したから疲れたでしょう。たまには作らないと腕が鈍っちゃうから」

「そっか」


 そう言って彼女立ち上がって部屋に戻ってバスタオルと寝間着を持ち「お風呂に入ってくるね」と一声かけて風呂場へと向かっていった。

 残された俺と結は何をするかというと何をするでもなく時間を過ごす。


「結、今日は沢山買い物して疲れたでしょ」

「ああ。ううう」

「結はいつまで一緒に買い物に行ってくれるのかな。休日は一緒に遊んでくれるのかな」


 まだ二人で買い物も行ったこともないのだが将来の親離れのことを考えてしまった自分に対して少しだけ成長したのではないかと思う。

 今年始まったときにはこんなことになるとは一ミリも想像していなかったのだ。

 でも、これはこれで楽しく生活もできているし毎日が面白いと感じることができる。

 結の柔らかく、まだ薄い髪の毛を撫でているとホカホカな体を見たこともない衣類を身に纏った遥が現れた。


「ただいま。どう?」


 真っ白なワンピース型の寝間着で彼女の無垢さに合致してとても似合っている。

 冬には適していないノースリーブで少し露出が多い気もするが彼女は自称暑がりだからいいのだろう。

 期待した顔で待つ彼女に対してかける言葉は決まっている。


「とても似合っているよ。かわいいよ」

「そうでしょ。かわいいんだよ、私。何を着ても似合うからさ」


 とても嬉しそうにしている遥の様子を見ていると褒められて伸びるタイプなのであると感じた。

 ワンピースの裾をひらひらさせながら近づいて隣に座ると肩を預けてきた。


「私、優にやっぱり女の子として見てもらいたいよ」

「そっか」

「たくさん可愛いとか綺麗とか言われたいよ」


 少し小さい手を重ねた遥は続ける。


「もっと沢山お話したいし、もっと見てね」

「分かった」

「本当に? じゃあこっち見てよ」


 そう言った遥は拳二つ分ほど離れて姿がはっきりと見えるように移動し、俺も彼女の方に体を向けた。

 俺の目には遥がはっきりと映っている。


「この服、清楚系かと思ったけどお色気要素あるんだよ。どう? ドキドキする?」


 最初見たときの印象は彼女の可愛らしさにマッチしていると感じたがよく見ると彼女の言うように妖艶な雰囲気も出ている。

 遥が見てと言わんばかり胸元に手を置いている。

 恥ずかしさもあるが遥にははっきりとまっすぐに感想を伝えなければ昨日と同じだ。


「うん。綺麗だよ。本当に」

「嬉しい」


 そう短く言って勢いよく抱き着いてきた。

 彼女は悪戯っ子な顔をして抱き着きを強める。


「胸元も開いていてセクシー感、ある? 正直に。結構大胆だよね」


 彼女の言うように衣服の胸元は開かれていて彼女のふっくらとした胸がはっきりと分かる。

 でもそれは結のためにそういう機能の付いた服を着ているだけで他意はないのであろう。


「うん。ある。でも、そういう目では今は見ないよ。結のおっぱいのためにその服着ているんでしょ?」

「えっ? 違うよ。この服にそんな用途はないよ。まあ、与えやすいけどさ。私は完全に自分本位で、優にお色気アピールするために選んだんだよ。洋服選びのときに結のことは考えてなかったよ。結は結、私は私」


 どうやら俺の考えは違ったようだ。 

 たまに緩さも垣間見える彼女であるが、その緩さには自己の信念があるのだ。

 遥は俺の背中にポンポンと軽く叩く。


「優は本当に結が中心だね。結が羨ましい。でもね」


 ギューっと力を込めながら耳元で小さく囁いた。


「そういうとこ。大好きだよ。優」


 不意に言われた俺は照れで一気に体が熱くなる。

 顔を動かして遥の顔を見る。

 満足度百パーセントの満面の笑顔を見せる遥。

 その奥には既に夢の中で遊んでいるのだろうか、にこやかにしている結。

 この二人の笑顔を見るためにまた明日も頑張ろうと思う。

 今日の締めにふさわしい雰囲気である。

 俺への抱き着きを続けたまま遥は顔だけをこっちに向けてこう言った。


「優、スマホ買って来たから、交換しよ」

「締まらないな~」

「えへへ」


 今日が終わると思っていたがまだ終わらない。

 でもその緩さ、それが遥という人間らしさなのかもしれない

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