145話 帰宅
遥の機嫌が少しでも改善していることを祈りながら鍵を開け家に入ったが二人の姿はなかった。
台所を見ると誰かとお茶でもしていたのかカップが二つある。
それをさっと洗い寝室に入ると結の道具が入ったカバンと遥のカバンがないことから出かけていることが分かる。
辺りを見渡すとシーンとした静寂な空間にいることを実感する。
いつの間にかあの二人が居ることが当たり前となった。
遥や結の匂いや音がないと落ち着かなくなる。
時刻は午後六時になっていて帰ってきたら晩御飯になる。
ラーメンと餃子でも準備しておこうかと台所に向かおうとしたときに鍵が回された音がした。
玄関に行くと五キロの米を抱えた会社の上司が立っていた。
「何してるんすか? 米の押し売りはいらないですが」
「あなたのお嫁さんが車で出掛けるから荷物運んであげるって言ったら調子に乗って、醤油やら味噌やら油やら。まさかの米五キロを買って来たの」
「それはそれは大変でしたね。ありがとうございます」
彼女から米を受け取り台所へ持って行った。
次に聞き慣れた足音が接近してきた。
「ただいま。優」
「おかえり」
彼女は何か言いたげな顔をしているがその前に俺から話すことにした。
昨日のことを反省し謝らなければならない。
「昨日はごめん。もっと言いようがあった」
「んーん。優が言葉選んでくれてるのわかっているから。でも、寂しかったよ」
「ごめん」
「ん」
台所にある椅子にさっと腰かけて目を瞑ってそう言った。
次に口元に指差すと彼女の意図することが理解できた。
「ごめんなさいのチューして。優から私に」
「俺から?」
「そうだよ」
そういえば最初のときは遥が不意を突いてきた。
自分からしたことがないと気が付くと急にドキドキし始めた。
一度上を向いて落ち着き彼女の方を向くと目を開けて真剣な顔をしている。
遥の顔を軽く支えて顔を近づけた。
今まで外にいたとは思えないほどの温かみと赤みを帯びている。
「いいですか?」
「いいよ」
彼女の唇にそっと触れた。
少しして離そうとしたら顔を両手で抑えられて防がれた。
目を開けるとそこには遥がいて、とても幸せそうにしている。
俺なんかでいいのかと思うこともあるが一緒になってよかったと思う。
そして時間が経つと唇を離して彼女は口を開いた。
「許してあげるよ。チュー、八十点かな。すぐに離したらやだもん」
「ゴホン、ゴホン」
そのわざとらしい咳の主は荷物を両手いっぱいに持ち、後ろにいた広田さんである。
「イチャついてないで運ぶの手伝ってもらっていいかな?」
「舞さん、いつから見てました?」
「遥ちゃんが近藤君の顔を抑えているあたり」
「は、恥ずかしい……」
顔を真っ赤に染まった遥は置いておいて広田さんの荷物を受け取る。
ずっしりとした重さの食料品や日用品を見ると遥はこの家のことをよく見てくれていることに心が温まる。
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