142話 お買い物②

 美味しい食事はまだまだあるが結が重くて大変である。

 そこでどっしりと腰かけている大将にお願いすることにした。


「大将。お願いがあるんですけど」

「何? 遥ちゃん、水?」


 店内の様子を見渡してから彼の方を向いた。


「今、お客さん来ませんよね?」

「遥ちゃんも意外と毒舌だね。そうだね、長年の勘では向こう一時間は来ないと思う」

「遥ちゃんもすっかり常連の域ね」


 言葉選びを少し間違えたか私の言葉で少し落ち込んでしまっている。

 結をそんな彼の前にそっと持ち上げた。


「食べ終わるまで見ていてください」

「いいけど……」

「信用していますから。サービスしてください。勘ですけど向こう一時間は泣きませんから」


 そうすると彼は恐る恐る結を抱っこする。

 優以外の男性にだっこされるのは彼女にとって初めての経験であるが泣くこともなく落ち着きを見せている。

 すぐに慣れた様子を見せた大将には年齢的には孫のような感覚なのかもしれない。

 感慨深げな声で話始める。


「……久しぶりの感覚だな~。そうか、こんな感じだったか子供とは」

「大将は二十年ぶりだもんね。薫ちゃん一人だから」

「そう。こんなんでも娘を一人育ててるんだよ」

「大将は育児の先輩ですね。困ったことがあったら聞きますね」

「いやいや。娘のときと時代が違うから。令和に適したアドバイスなんてできないよ」


 こんな和やかな会話をしながらゆっくりと食事をとることができる。

 ほんの少しづつではあるが私も誰かを頼ることを覚えてきている。

 私の周りには手を貸してくれる人がたくさんいる。

 それに頼りっぱなしではよくないが僅かな支えがとてもありがたく感じる。

 舞さんが先に食事を終えると大将が台車に乗せてきた雑誌に注目している。

 彼女は呆れた目をしている。


「大将、その本」

「えっ、あの……」

「遥ちゃん取ってその雑誌」

「はい」

「あっ、ダメだよ……」


 しどろもどろになっている彼のことは気にせずにその雑誌を手に取った。

 お客さんの忘れ物かなんかだと思った私はその表紙を見てタイトルを口にすると力が抜けたような様子となる大将。


「えっと……最新配膳ロボットカタログ……」

「いや~、人手不足だし……デジタル社会だしね。店でもと思って。そんな目で見ないでよ」

「私はいいと思いますけどね。ロボット」

「でしょ。遥ちゃんは最近の感覚があるから分かってくれるね」


 私の賛成によって見る見るうちに元気になった彼に対して少しだけ不機嫌そうな舞さんの板挟みにあう私と結。

 この二人の独特な空気は一日二日では作り出せない。


「まるで私が年を食っているみたいな言い方」

「悪気はないよ……」

「遥ちゃんも。このおじさん、新しい機械どんどん投入して自分の首を苦しくしているだけだから。あんまり調子乗らせたらダメよ。身の丈に合った経営をしなきゃ」

「そうなんですね」


 伝票を見て、おつりがないようにして大将の手に置いた舞さんはそのまま立ち上がる。


「ごちそうさまでした。大将、美味しかったです」

「遥ちゃん。また来てね。こんなおっさんだけど一人で娘を育ててきた自信と実績があるから」

「はい。また来ます」

「舞ちゃん……新しいロボットのことは娘には黙っておいて……おっさんが娘にガチギレされるから」

「ええ。黙っていますよ」


 その顔は明日にもばらすような雰囲気で、きっとこのロボットの話は流れることになるだろう。

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