141話 お買い物①
「遥ちゃんこの後は?」
「スマートフォンを買いに行きます」
「スマホ? 持ってなかったんだっけ?」
「はい。お金なくて売っちゃったんで」
その日を暮らすお金がなく充電切れのスマートフォンを売ってお金にした。
それほどお金に困っていたことを今でも覚えている。
「でも今変えたら、結婚後また手続き必要なんじゃないの。苗字とか。遥ちゃんの苗字にするのか近藤君のするのか分からないけど」
「絶対近藤です。気に入っています」
自分の苗字は嫌いだ。
自分の親や自分の今まで過ごした人生を思い出してしまう。
人生をリスタートさせる一つのきっかけとなる。
しかもとても気に入っているし、遥と結に近藤を付けても違和感がない。
「手続きとかはあとでやってあげるから。連絡手段が固定電話だけじゃ困ると。二人が出かけているときに何かあったら困ると」
「二人もスーパーとかに出るからね。じゃあ、買ってこないとね」
「はい」
舞さんはそう言うと立ち上がって車のキーをカバンから出して回している。
「じゃあ、私もお付き合いしましょう。午後もフリーだから、ショッピングセンターでも行こうかなって思っていたところなの。一緒に行こう」
「本当ですか。助かります。準備しますね」
「ゆっくりでいいからね」
そうして女子三人で出かけることとなる。
昼も過ぎているので食事をとることにした。
「いらっしゃい……」
うどん店に行くと疲れた様子の大将が出迎えた。
「大将、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。遥ちゃんもこんにちは」
「どうも。こんにちは」
疲労感一杯の大将は放置して勝手に奥の席へと向かう舞さんの後を追う。
この様子は舞さんにとって日常茶飯事なのだろう。
「好きなの食べなさいな。今日は私がご馳走しますよ」
「ありがとうございます。じゃあ……」
そう言われてデジタルメニューを操作し始めると驚いた顔でこちらを向く舞さん。
「遥ちゃんはそのタブレット使ってるんだ。珍しいかも」
「えっ、使わない方法があるんですか」
「遥ちゃんが決まった? 常連はこうするんだってのを見せてあげる」
「じゃあ、この天ぷらうどんとミニ鉄火丼で」
「そう。私は山菜うどんとミニ親子丼かな」
お互いの注文が確定したところで舞さんは厨房の方を向き手をメガホン状にする。
「大将~、てんぷらうどんとミニ鉄火丼、あと山菜うどんとミニ親子丼」
「おっけー。今作るから待ってて」
「こんな感じ」
「そ、そうなんですね」
せっかく目の前にデジタル機器があるのにそれを用いないのが常連なのだろうか。
自慢げな顔をする彼女に少し驚いたが私もいつかそうなれるぐらいのお客さんになりたいと思う。
暫くすると台車を引きながら大将がテーブルに来た。
台車には私たちが注文した商品と何かの雑誌が乗っている。
「おまたせ。商品です」
「ありがとう」
「おいしそうですね。いただきます」
「どうぞどうぞ」
ツルツルのうどんはいつ食べてもおいしい。
野菜の天ぷらも脂っこくなくて食べやすい。
舞さんもうどんを豪快に啜っている。
そして、他の席から椅子を引っ張ってきた大将も同席している。
「一時間ぐらい前には優ちゃんいたんだよ」
「そうなんですか」
「彼がいなくなったあと一気にお客さんが来て大変だった」
「今日は薫ちゃんは休み?」
「あのバカ娘は出かけてるよ。映画だと。人手不足なのに」
「他のスタッフはいないんですか?」
「そうよ。前にいたじゃない女の店員さん」
この店のスタッフは二人だけではないはずだ。
しかしどこを見ても人の気配はない。
「ああ、やめちゃった」
「そうなんだ」
「バカ娘のパワハラでね」
「薫ちゃんの?」
私はまだ薫さんと対面でじっくりとお話したことはないがとてもいい人だと思う。
近いうちにお話ししてみたい人の一人である。
「そばだかうどんだか訳の分からないギャグを強要してね」
「私は面白かったけどな~」
そういうと二人は「冗談でしょ」というような顔をしていたことが印象だった。
私の感覚が二人と違うのか、あるいは二人は聞き飽きたのか、どちらかは分からない。
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