127話 大好き④
「ねぇねぇ?」
「どうした? またアイスでも食べたくなった?」
「違うよ~、遥さんって呼び方、今日で終われる? その呼び方もいいけど、やっぱり呼び捨てして欲しい。できる?」
彼女のことを遥と呼ぶことを願っている。
今まで沢山その名前を口にしてきたが、より一層近い関係になることを感じさせる。
「緊張するな~。遥、こんな感じでいい?」
「いいね」
嬉しそうに評価してくれている。
この呼び方は今後当たり前となり湯水のように発するだろう。
慣れればこんなに嬉しそうにしてくれることはなくなるだろうが、それはその間は一緒にいられた証拠にもなるだろう。
もちろんそれは結も同様だ。
「俺のことは何て呼ぶの?」
「さん付けも昭和のダンディー感があってカッコいいけど、私も呼び捨てにしようかな。優」
「いいんじゃない」
そうこうしているうちに我が家に到着した。
三人して家に入らずに玄関の前に立っている。
「優との始まりはここだったね。私たち二人の旅が公園で終わったから、またここから始めないとね。三人の長い旅を」
「長くなりそうだな」
思えば始まりはここだった。
あのときの絶望の淵にいた二人の姿はもうここにはない。
幸せいっぱいの二人ならいる。
「優、ちょっとだけ膝曲げて」
「ん? 膝?」
言われた通りに膝を曲げると首に腕を回して顔に接近して唇を重ねてきた。
艶感がありしっとりとした唇が触れている。
今日遥が薄い赤色のリップを塗っていたことを思い出させた。
口がお互い塞がれているから鼻呼吸をするしかない。
そのため、彼女からは静かで少し生暖かい鼻息が上唇の皮膚に当たる。
体の距離は結を抱えているから近いというわけではない。
それでも遥からとても心地よい、甘いような、でも人間本来の匂いが直に感じる。
いつ離れるのか、あるいはいつ離れればいいのか分からない。
目を閉じているし、周囲の状況が把握できないがなんだか幸せな気分だ。
何分経ったのだろうか、結構長い時間だと思う。
もし人が道を通っていたらおかしな人たちだと思われるかもしれないが、そんなこと気にならないぐらいの空間に入っている。
遥の様子が気になり目を開けると、幸せそうに目を閉じてキスを続けているほのかに赤らんだ顔がそこにあった。
その顔にドキドキして愛らしくなって、しばらく見ていたかったから、ここからは目を開け続けることにした。
しばらくしたら遥から唇を離した。
自分のキスしている顔を眺められていたことは気が付いていないようだが、満足そうにしている。
「長くね、いつまでするんだろ、この人? って思ったでしょ?」
「まぁ、うん。キスするの初めてだったからさ。初めてのキスはもっとあっさり爽やかなものかと。レモン味みたいな」
「ははは、レモンの味はしなかったでしょ。離してもよかったんだよ」
「まぁ、離したくなかったかな」
「私のこと本当に好きなんだね」
「大好きだよ」
俺が頬を掻きながら言うと遥は舌を出して唇を軽く舐めてから少し妖艶さを持った笑顔になった。
「じゃあ、もっと濃厚でねっとりしたやつでもよかったかな?」
「それは今後のお楽しみにしておこうかな」
「そうだね。楽しみだよ」
彼女らしい無邪気な笑顔を見せると、ちょうど結も目を開けた
「遥、結」
「優?」
抱えている結の目を見て、目の前にいる遥の目を見る。
「これからもよろしくな」
「うん。たくさん思い出作ろうね」
「あーうー」
俺は二人を幸せにしなければならないという緊張感と責任感を感じている。
楽しいことも辛いこともあるこれからの時間を三人で過ごす。
遥、結、そして俺の匂いが染みついたこの家で。
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